深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　その頃、浅沼柳司と弓弦原譲はまだ折り鶴を折っていた。
「あー、またや……！」
二人は片手を手錠でつながれたままだ。この状態で鶴を折るのは至難である。それでも何とか両手でちまちまやろうとすると、どちらかがどちらかに引っ張られ、折り目がぐしゃりと歪んでしまう。その繰り返しだった。

「うーん……もうちょっときれいに折ってほしいかなぁ」
眠そうな目をして、千鳥雅人が柳司の前に『みほん』をおいた。

「こんなもの折れるかいな！」
フルアーマー鶴を指差し、柳司はキレる。
「手を動かすな。少しは俺に合わせろ」
譲は眉間にしわをよせて柳司を睨んだ。譲はもともと、手先は器用な方である。しかし手錠が邪魔している今は別だ。思うように進まないクエストに明らかに不機嫌であった。
「譲こそ、手ぇ動かすなって！　今めっちゃ繊細なとこやったのに！」
こうして折りあがった鶴は、無情にもダメ出しが続いていく。柳司の作品を見て雅人は困った顔をした。
「これ、きちんとは折れてるけど……OK出していいのかなー？」
柳司が苦心の末に折り上げた鶴は、俗に『パタパタ鶴』と呼ばれる変形折り鶴だった。腹を持ち、尻尾を動かすと羽ばたく仕掛けになっている鶴である。
「へっ!?　なんかおかしい？　いやいや、昔から俺はこの折り方やけど？」
懸命にパタパタさせながら弁明する柳司。妥協の十点を与えられたところで、譲は慌てて立ち上がった。
「さすがにまずい。二時半にはレースは終了するんだ、行くぞ浅沼。俺は意地でも完走してやる」
「お？　ああ、走るか！」

　柳司と譲は再び並んで走る。靴音から少し遅れて手錠の金具の音がついて来る。もはやランナーはまばらで、イベントの終局が近いことを否応なく感じさせた。隣の譲からは、ぜいぜいと言う苦しげな息が漏れている。このまま走らせるのは酷だと柳司は思った。
（完走して若菜先輩の誤解は解かなあかんけどなー……）
口には出さねど、あれこれ考えていた柳司であった。その思考は、息がつけずにがっくりと膝をつく譲の姿を見て停止した。
「お、おい。大丈夫かいな」
「……浅沼。俺を置いていけ」
「はあ？」
柳司の手に、小さな鍵が託された。手錠の鍵だ。
「足手まといになるぐらいならここに捨てていかれたほうがマシだ。外していけ」
譲は苦虫を噛み潰したような顔をしている。不機嫌な表情で隠そうとしているが、すぐにわかった。一緒に完走できないことが悔しいのだと。
「ごほっ、ごほ。俺の分まで……」
「譲は限界か。まあ、しゃあないなー」
柳司は自分の右手の手錠の鍵を開けた。はずした手錠を左手に付け替える。二人が横ではなく、縦に並んだ時に方向が揃う形だ。
「何をしている。こんなところでぐずぐずするな」
「はいはい。よっと」
柳司は軽々と譲をその背に担ぎ上げた。譲は何が起きたか理解できず、むせながら叫ぶ。
「ばっ、馬鹿！　何のつもりだ！」
「へ？　仮装やで？」
柳司はからからと笑い出した。そのままゆっくりと歩き出し、徐々にスピードを上げていく。
「この仮装は看守の譲まで込みで完成している衣装やねん。仮装を脱いだら失格やろ？」
「……」
「ここで譲を置いていったら俺は失格や。そんなの絶対ごめんやで？　なら、俺は衣装を背負って走る。それだけや」
「お前……本当に馬鹿なんだな……」
やっとの思いで、譲は悪態にもならない悪態をついた。柳司はただ笑って走るだけだ。その速度は彼のトップスピードに迫るほどに上昇している。
「あっはっは！　恥ずかしかったら早よ復活せえ！」
「くそっ……お前、重くないのか。その……疲れは」
「心配すんな！　譲とちんたら走ってたからぜんぜん疲れてへん。むしろこんぐらいで走れる今がちょうどいいくらいや」
譲は背中で何かぶつぶつと言っているようだった。が、柳司にはよく聞こえない。
「そーれ！　飛ばすでえ！」
看守を背負って脱走のアクティブ囚人・柳司の大進撃がスタートする。