深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　その頃、隠遁の魔法使いに扮した真辺伸幸は第三クエストポイントで鶴を折っていた。もうすでに、会場には選手たちの完成品がたくさん並んでいる。本当に千羽鶴ができそうなほどだった。
「きれいに折れてますねー」
スタッフとして参加の千鳥雅人にそういわれ、伸幸はふにゃあと笑った。
「ありがとー。俺けっこう手先は器用なのよ」
「あの子もすごく一生懸命、丁寧に折ってるねえ」
そばの席についているプリンセスを見る。それはピンク色のドレスがよく似合うレティシア・ル・テリエだった。いつもは降ろしているウェーブの髪をふんわりと上で二つに分けて結い上げている。優雅にゆったりとした動作で鶴を折っている。一羽を折り上げ、顔を上げたレティシアは伸幸と目が合うと花のような笑みを浮かべた。
「やあ、とっても素敵なお姫さまだねぇ。それに鶴も綺麗に折れてるのねぇ」
「ありがとうございます。千羽鶴の一部になると聞いていましたから、一羽一羽、折り目の一つにも想いを込めて折っています」
「そかぁ。優しい心で折るから、美しい鶴ができるんだねぇ……」
「きっとその通りですわ」
優しきレティシア姫の言葉にうなずくのは、白い花嫁。ゼシカ・ホーエンハイムも慈愛の笑みを浮かべて祈りの鶴を作っていた。マラソンの完走も危ういほどゆっくりの三人だが、伸幸、レティシア、そしてゼシカはにこにこと実に楽しそうだ。天を仰げば、星が瞬く。
「夜の空って、こんなに高かったのねぇ」
伸幸は幸せそうにつぶやいた。いつもとちょっと違うけれど、変わらず平和なフツウの日。これが寝子島の日常なのだ。
「やあ、素敵なイベントに参加できてよかったのよー！」
「同感ですわ」
「本当にそうですね」
三人は顔を見合わせて、再び微笑みあうのだった。

「あらあら。こちらの娘さんも放ってはおけないのでしたわ」
ゼシカは余分に折った鶴を、スタートから見守り続けている少女、白拍子の仮装をした上穗木千鶴の前にそっと追加する。
「こんなにがんばっていらっしゃるんですもの。応援しますわ」
その声は聞こえていないだろう。千鶴は船を豪快に漕ぎながら、怪しい手つきで折り目のようなものをなんとか作っている。時折ごすっ！　と音を立てて、頭を机に打ちつけながら折っている。そのたびに周りの者が慌てて抱き起こしたり、烏帽子を整えてやったり、見かねて鶴を一羽追加してやったりしていた。
そっともう一羽、赤い色の鶴を千鶴の前に置いたのはかぐや姫、御巫時子だった。赤い振袖に長い美しい髪、数羽の鳥を従えた時子の姿はよく目立つ。鶴を足してやったところを係員に見つかってしまった。

「あの……落としていましたので……」
時子はうろたえたように笑う。美少女の笑いに罪なし、間違いなし。スタッフは時子の微笑みにすべてを許した。鳥たちは時子のほっとしたような表情に答えるようにさえずる。
「では、そろそろゴールを目指しましょうか……。鳥さんたちも、手伝ってくださってありがとうございました……」
鳥たちに見守られ、応援されて時子は走る。そのあとで彼女が帰る先は、月ではなく、いつもの寮だ。スタジアムでかぐや姫の旅は終わりを告げる。