深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　いつもは背に流している長い黒髪は高い位置のポニーテールに。伝統柄とは一味違う、どこか『かぶき者』を思わせる異風な模様の着物で装って、手にはお化けちょうちん、鬼の面。

「こーんな夜中に、街中を走り回れるのって本当楽しいよねえ」
晴海飛鳥は上機嫌で走っていた。上位も軽く狙えるほどのスピードで走っているが、彼女の目的は入賞などではない。わけあって、先回りしておく必要があるから、ただそれだけのために飛鳥は一生懸命走っていた。人気がないのを確認して、飛鳥はコースを外れはじめる。
「んじゃ、どこの路地裏に入ろうかな……？」
飛鳥は身を潜めるのに手ごろな物陰を探し当てると、するりとその闇のなかに滑り込んだ。かがんで身を隠し、くすくすと笑う。
「普通にマラソンもいいけどね、やっぱり僕がほしいのは一時の富や名声よりも、長く続く噂だよ。ふふふ……」
飛鳥は斜めにかぶっていた鬼の面をまっすぐにつけ直す。下からお化けちょうちんでその顔を照らすと、おどろおどろしい鬼女の姿が現れた。

　今か今かと待ち構える飛鳥の潜伏地点に通りがかったのは、笹森清真である。彼の扮装は東北地方の戦国大名、伊達政宗をイメージしたものだ。

好きな武将をベースに、清真独自の解釈を加えた『独眼竜』のコスチュームは、ライダースジャケット風の上衣に羽織、ハードな意匠の黒いパンツという、和と洋の要素を組み合わせたユニークなものだ。竜や月のモチーフ、トレードマークである眼帯といったポイントはしっかり押さえているから、何の仮装かは大抵の者に伝わるはずだ。
清真は整ったフォームで走り続けている。すべては順調に思われた。
「おのれおのれぇ！　この儂の土地に土足で足を踏み入れるとはぁ！」
突如清真の前に、鬼女が立ちふさがった。物騒な武器こそ持っていないが、紙を振り乱し、手に携えるちょうちんにあかあかと照らされた赤い鬼の顔は怒りの表情を示している。それが面だとわかっていても、不意打ちに清真は驚かされた。
「な、何をほざく、この鬼め！　俺が相手だ」
（ありゃあ、肝の据わってる人に当たっちゃったな。そう来たか）
逃げ出すどころか立ち向かってくる清真に、飛鳥は内心困ってしまった。
「修様。あちらで寸劇が始まっております」
「何!?　急いで向かえ」
困ったことに、八神修率いる中継車まで迫ってきているではないか。
「儂は見世物ではない！　ここは退かせてもらうぞ！」
多数の人間の目に触れては、噂にならない。鬼女に扮した飛鳥はそう言い捨てて、再び身を隠した。現場に到着した修たちは、武将vs鬼女の戦いを取り損ねたことを残念がりながらも、清真へのインタビューを開始した。時間を惜しんで走り始まる清真と並んで、中継車は去っていく。
「新聞部主催、仮装マラソン中継車だ。仮装のアピールを一つ頼む」
「あーっと、これは俺の好きな武将をイメージした……」