深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　他方、寝子高前でも、演劇で人々を魅了する会場が生まれていた。桃川圭花たちの宣伝が功を奏し、人だかりができていた。照明に照らされて仮設ステージに浮かび上がるのは三人の少女の影。まず前に進み出たのは圭花だった。大剣をずんと突き立て、勇ましく朗々とした声で演ずる。

「我が名は略奪姫シャルロッカ！　このシャルロッカの望むものは、すべて我がものとなる定め。そう、この国もだ！　命を捨ててもこの地を守る誇りのある者は前へ出よ、剣を抜くがよい！」
新たなスポットライトが投げかけられ、北原みゆき演ずる少女騎士が略奪姫に答える。すらりと鋼が滑る音が戦場に響き、みゆきの名乗りが続いた。

「私は白雪の騎士、ノーラ・ブランネージュ。この地はここに根付き生きる民のもの。決して奪うことは許さない。この剣と誇りにかけて、お前を斬る！」
みゆき＝ノーラは剣を胸の前に掲げて騎士の礼を取り、圭花＝シャルロッカは大剣を軽々と担ぎ上げた。
「運命を見つめて笑う、気まぐれな猫妖精も本日はこの戦いをぜひ御覧（ごろう）じろ！」
「ひゃっ!?」
ライトに照らされ浮かび上がった恵御納夏朝が飛び上がる。寸劇にちょい役で力を貸してくれとは言われていたが、まさかこんな役どころにされるとは。しどろもどろになるかと思われた夏朝だが、大きく開いた目をすうと細め、ねこパペットのはまった左手を上げた。彼女のまとう雰囲気は、がらりと神秘的に変化したように思える。

「おもしろい、人間たちよ。我欲のため、誇りのため、存分に戦ってみせるがよい。その戦い、その行く末はこの妖精カーサが末代までお前たちの子孫に語り伝えよう」
観客たちから大きな拍手が起こる。みゆきと圭花は同時に剣を打ち合わせていた。一合、また一合。誓いを背負う騎士の速攻を、略奪姫は冷たい笑みで跳ね返す。重い一撃がみゆき演ずるノーラを跳ね飛ばすと、圭花はサディスティックな笑みを浮かべ、剣を振り回す。模造とはいえそこそこの重量を持つ剣が風をぶんぶんと切るその迫力に、決闘立会人と化した人々は沸き立った。
「いいぞ、強いぞー！」
「かっこいい！」
傷を負い、シャルロッカに押されたノーラは再び剣を取る。
「私の誇りを信ずるものよ、共に祈りを！　戦う勇気を！」
みゆきの側についた観客たちから拍手が上がる。「がんばって！」「加勢するぞ！」などの応援も聞こえた。二人の戦いはますます白熱していく。
（そっか。こんな楽しみ方もあるんだね）
夏朝は人々の応援を聞きながら、ステッキをぎゅっと握り締めた。

「ううむ……これは手ごわいですね」
空気の抵抗も少なく、暑くもない。軽やかなバニーガール姿でトップ集団にいたはずの檜扇舞華は、まさかの大苦戦を強いられていた。クエスト一のカップ当てで一回失敗し、二十分のタイムロス。そして今、クエストニで、大盛り煮込みうどんサンマ入りが大きな壁となって舞華の行く手をふさいでいた。
「急がば回れと言いますが、クエスト一のロスも含めるとこれは厳しいかもしれません」
難しい顔で、取り皿に少しずつうどんを移していく。さまして、食べては、また移す。これがけっこうな手間だった。だが向こうで奮闘している男子選手のように、強引に熱々うどんを口に運んでいくことは自殺行為でしかない。このクエストポイントを支配する、旧商店街婦人部の面々も舞華にはやさしかった。差し出される水がありがたい。
「ありがとうございます。やはりこれを食べきるには、お水は大事ですね……」
しかしうどんは一向に減らないのだった。

うどんと戦う舞華の視線の端に何か光るものが写る。カメラを向けている観客たちだった。舞華は腰につけていた懐中時計を手に、バニーの耳を揺らしておどけてみせる。
「わあ、時間だ時間だ！　急がなくちゃ！」
一通り観衆にアピール＆サービスをしてから、またうどんに戻る。
「バニーちゃんがんばってー！」
「無理しないで～」
男女入り混じっての応援の声がかけられる。舞華は笑って手を振った。
このあたりはさすがコスプレイヤーと言うべきだろうか、カメラを向け、関心を向けてくれた相手への心配りは完璧だ。