深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　ランナーが走り去ったあとも、スタジアムは詰め掛けた島民で大賑わいだ。ぐるりと並んだ屋台やイベントブースが放つ光が、お祭りのような華やかさと、わくわくする非日常を演出している。観客たちは映し出される仮装ランナーたちに歓声を上げたり、お祭りフードの食べ比べに興じたりしている。もちろん、一般市民たちの楽しみの裏には、それを支える人たちが存在するわけで――
「ああ！　あのマダオが!!」
苦悩に頭を振りぶつぶつと文句を言いつつも、髪を三角巾で覆いエプロンを身につけ、食材の下ごしらえをてきぱきと始めてしまう。鬼崎あやめは今日も女子高生にとっては重過ぎる『借金』という敵に追われて、定食屋『おにざき』ドーム出張版で弁当販売を行っていた。彼女がマダオと呼び捨てるのは『まるで駄目な叔父』、あやめを引き取ってくれたことには感謝しているが、パチスロで五万円をすってしまったと言うのは実にいただけない。かわいい従姉妹のつくしは、赤字の家計簿を見て寝込んでしまった。
「フフフ……あとで叔父さんはシメますからね」
海鮮丼『猫島弁当』、ロースかつ弁当の『おにざきスペシャル』、手ごろに食べたい人向けのかつサンド、おにぎり、ドリンク各種。一つ一つは軽いが準備はけっこうな重労働だ。あやめの額にはうっすらと汗が浮かぶ。あとでシメられる予定の叔父は、商店街クエストの手伝いに飛ばされていた。

（でもまあ、借金だらけの家ですけど……その大元は、私の家が原因なんですよね）
笑顔で接客するその合間に、あやめは小さくため息をつき、冴木竜司のことを思った。

「行ってくるね、つくしちゃん」
あやめが見守る中、とびきり暖かく優しい笑顔で、竜司はつくしに声をかけた。志半ばで世を去らねばならなかったあやめの従姉妹、つくしの母。彼女は竜司と同じ陸上の道を進むアスリートだった。母の果たせなかった思い『寝子島を代表する世界的陸上選手になる』という目標を、自分が果たすと約束したのだ。

（……冴木さんは、変態ロリコンさんですけど、どこまでも真摯で優しい方なのは本当です）
竜司は幼い少女が好きだ。それも、わりと本気で。妖精のような白銀の髪、蒼い瞳のあやめの従姉妹に竜司は真剣な意味でほれ込んでいた。小さなつくしは家に帰って、一人早めに休んでいるだろう。困ったことに――つくしも、竜司をお兄ちゃんと慕って、強く好いている。

　その竜司は、幼い少女との堅い約束を胸に、すばらしいスピードで先頭集団を駆けていた。紳士の正装であるフォーマルスーツにシルクハットに、正体と本性を隠す蝶を模した華麗な仮面。そして手にはスウィートなキャンディの詰まったバッグ。

幼女の心を惹きつける正体不明の紳士に扮装した竜司のスピードは、仮装ごときで衰えることはなかった。
「あの約束が、今の俺を、冴木竜司を形づくっているんだ……守り抜く！　守り抜いてみせる！」
竜司にとってはこの大会は、自分の誓いの強さを試すための、真剣な勝負の場であった。それは、約束の証人となったあやめにもよくわかっている。
「猫島弁当とおにざきスペシャル一つずつ、ウーロン茶ニつですね！　ありがとうございます！」
売れ行きは上々だ。用意してきた数では足りないかもしれない。客に向けていっぱいに注いだ感謝の笑みも、一人になった瞬間にふっと曇る。あやめは少しだけ竜司のことが心配だった。
（誠実で真剣すぎる冴木さん……彼が自分を追い詰めなければいいんですが……）