深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　新井すばるとブリジット・アーチャーの探偵仮装コンビはだいぶ後方にいる。

「ゆっくり目でいいわね？　この衣装、激しい動きに向いていないわ」
「うん、ブリジットさんのペースでいいよ」
しれっと心憎いことを言って来るすばるが、たまに本気で憎くなる。ブリジットは無反応のふりをして続けた。
「点数はマラソンの順位以外でも獲得できるし、私たちはクエスト重視で行きましょう」
「うん、クエスト重視ね。了解」
さすがは男の子と言うべきか、すばるは着ぐるみを背負った状態でもブリジットよりは足が速そうだ。ブリジットはミス研アピールのプラカードを担いで、並んで走る。走るたびに持ち手が揺らいで肩に当たるのが不快だった。
「ブリジットさん、貸して」
答えを待たず、すばるはひょいとプラカードを取り上げた。そのまま肩に平然と担いで走る。
「ボクが持つよ、任せて。ついていけるから自分のペースで走ってね」
「……わかったわよ」
ああ、まただ。優しさに反発したくなる。それでもすばるはいつもの通り微笑み、ウィンクを返してくれる。
「夜風が気持ちいいねー」
「そうね。こういうのも、悪くないわ」
微笑み返すブリジットの笑顔は、金の口ひげがついていても美しい。少なくとも、すばるにとっては一番の笑顔だった。
（この笑顔を見られるのがボクだけでよかった）
そう、ひそかに思う。

「こんばんは。今日もがんばりましょう」
「蓮ちゃん！がんばろうなのだー！　でも真央ちゃんは先に行くのだ優勝狙いなのだ！」
　森蓮にそう答えて、真央は走り去って行った。

女子の身でありながら大胆な赤ふんどし、腹掛け、ダンボールでこしらえた安全なマサカリ。そう、この姿は金太郎だ！　ろっこん『にゃにゃにゃがおー！』で召喚された三毛猫『がおー』は熊の役どころだが、サイズがあまりにも足りないため真央に小脇に抱えられている。地下足袋を履いた金太郎は、入賞目指してひたすらに走る。
「全年齢にフンドシのよさをアピールするのだー！」
「ママ、あのおねえちゃんフンドシー！」と叫ぶ子にも、真央はにっこり笑ってぶんぶんと手を振る。

　真央を見送った森蓮の走りは着実だが、妙にゆっくりとしていた。一番遅い人に合わせているように見える。

　上半身は裸で、下にはだぼだぼとした紺と白の囚人ズボンを履いている。贅肉と呼べるものは何一つない体は、日々の労働と奉仕で形作られたものだ。囚人の仮装も蓮が身につければ、修行僧の衣装の一種のように思えてくる。足は裸足で、跳ね返ってくる感触を直接感じながらの走行だった。蓮は故意に、かなりゆっくり走っていた。二人組み――おそらくユニット出場している選手だろう――の先導役ランナーに近づく。
「一緒にがんばりましょう。背筋を伸ばして走られるとだいぶ楽だと思いますよ」
「ありがとうございます。やってみます」
サンタ服を着た先導役はにこりと笑い、同じ服装の隣のランナーは少しだけ見当違いのほうに向けて会釈した。視覚に障害があるようだ。
「この方たちは大丈夫ですね。では、あちらの方は……」
蓮はマラソンを通じて、できるだけ多くの人々と交流をするつもりだった。走るのが苦手であれば、ランニングフォームの助言をする。話し相手がほしいなら、並んで一緒に走ろうと思っていた。蓮はコースの少し前に、顔見知りの姿を認め近づいた。