【新たな謎！】

　カプセルギア暴走事件は、ここに集結を迎えました。あたりには再び、元気な声が響き始めます。
　こんな時、子どもたちは素直です。中断してしまったイベントの再開を期待してか、自然とその目はCAPGEAR MEIJINへと集まりました。
　けれど。
「ああ……なんてことだ。まったく、なんてことだ。私のカプセルギアが、こんなことになるなんて……！　こうしちゃおれん、すぐに社のほうに戻って、対策を検討しなければ……」
「困るんだよね。それはチョットさ」
　ひょっこり顔を見せた雪人は、相変わらずの不愛想。スマホをぽちぽちしながらMEIJINへ、彼はつぶやくように言ったのです。
「オトナはすぐ、僕らのアソビを取り上げたがるんだ。キケンだから。コドモにはまだ早いから。なんて言って」
「君は？　な、なんのことだね？」
「黙っててくんない？　ってコト。ほかのオトナにはさ」
　それは確かに、そうでしょう。
　カプセルギアは現実に影響を及ぼして、誰かを傷つけることもできる。そんなことが知られたなら、もちろん子どもたちが望んでそんなふうに使おうとは思わないとしても、大人たちはみんなからカプセルギアを取り上げてしまうでしょう。持ち歩いてはいけません。遊んではいけません！　そんな決まりができ上がり、学校の掲示板にでかでかと張り出されてしまうことでしょう。
　MEIJINは、腕組み。ノーマルマスクの下の表情は分かりませんけれど、迷っているようです。
「いや……そりゃそーだけどね。私だってカプセルギアが好きだとも、なんたってCAPGEAR MEIJINだからね！　しかし子どもたちのための遊びがだよ、子どもたちを傷つけることになるだなんて、責任ある大人としてはだね……」
「……MAKIYUKI。回りくどいんだよ、アンタ。つまりこう言いたいわけだろう？　『俺たちがなんとかする』」
　声を上げたのは、翔でした。相棒を手に、彼は帽子を目深にかぶりなおして、指差します。
　示した先には、雪人のスマートフォン。
「アンタはなにか知ってる。話すべきだ、そうだろ？　さっき話してたのは誰だ？」
　たまたまでしたけれど、翔は彼の口から漏れた言葉を耳にしていました。
「『洋子』、ってのは誰なんだ？」
「ね……雪人君。私もやっぱり、教えてほしいな」
　的子の瞳にきらりときらめく強い光が、真っすぐに雪人を見据えます。お隣にはこくりとうなずく、逢莉の姿もありました。
「もしまた、こんなことがあったら……私、知っておきたい。カプセルギアで誰かが悲しむなんて、そんなのイヤだよ」
「学知利行は力持つ者の務め！　ですっ。わたくしたちの大切なアソビを守るため、なにか知っているなら、教えていただけませんか？」
　雪人は黙ったまま。一度は口を開きかけて、またぱくりと言葉を飲み込みます。
　しばらくそうしていると、
「ずるーい！」
　今度はクミが唇をとがらせて、ぶうぶうと抗議の声を上げました。
「私のガラクタ君が斬っても、葉っぱとか石とか斬れないよ。なんであのうぞーむぞーは壊せてたの？　牧君なんか知ってるんでしょ！　教えてよー！」
「まーまー。牧、困ってるじゃない」
　どうどう、と源次がクミを押さえますけれど、彼女は止まりません。ぶおんと腕を振り上げて、
「ヒミツだなんて、ずるーい！　牧君もオトナなのか！　私たちコドモを裏切るのかー！」
　ぴくり、と雪人の眉が小さく跳ねたのは、その時でした。なんだかちょっぴり、ムッとしたようにも見えます。
　コドモ。オトナ。そんな言葉には誰しも、魔法のような不思議な力を感じずにいられないことでしょう。そうして区切られているだけで、なにかに守られているような気がしてきます。逆に、突き放されているような気もします。コドモとオトナの間には、きっと見えない壁があるのです。
　彼はまたしばし、黙りこくっていましたけれど……やがて面倒くさそうにスマホの画面をひとつなぞると、それをみんなに掲げてみせました。
　画面に表示されている文字は、通話中。
「……ほら。いい加減、アイサツくらいしたら？　洋子」
『は？　なんでぼくがそんなこと。キョーミないし』
「こんなことになったの、誰のせい？」
『はぐっ』
　スピーカーから聞こえてきたのはちょっぴりハスキーな、雪人に負けじと愛想のない、女の子の声でした。きっと、ここに集まったちびっこギアマスターたちと同い年くらいでしょう。
　みんなが注目するなか、女の子の声は消え入るように、ぽつり。
『……海堂 洋子。ぼくの作った「MOD_OCEANVIEW」のせいで、なんかメンドーかけたっていうか。うん』
「もっど……おーしゃんびゅー？」
　勇樹は奈々美と顔を見合わせて、首をかしげます。奇妙で、それでいてどこかで聞いたような言葉です。
　奈々美の記者魂はもちろん、勇樹もまた、見過ごすことはできません。彼の正義はカプセルギアの暴走などという、あんなトラブルを許容しないのです。
「そうだ……さっきMEIJINのスマホに、A.I.C.O.の画面に表示されてた文字じゃないか！　イルカのようなキャラクターも映ってたよな」
「そうやね。まるで、A.I.C.O.を乗っ取ったみたいやったわ。洋子ちゃんゆうたっけ、あんたがあれを作ったって？　どういうことやの？」
『そうだよぼくが作ったんだよすごいだろ、「MOD_OCEANVIEW」はぼくのサイコーケッサクだねあんなウィルスプログラムはぼく以外に作れないよなんたってA.I.C.O.をハッキングするんだからあのシステムに侵入するなんてそんじょそこらのザコハッカーじゃ手も足も出ないに決まってるこれでぼくのハッカーとしてのウデマエが分かっただろどうだいすごいだろへっへーん！』
　突然ペラペラと、スピーカーから陽気な調子で言葉が垂れ流され始めたので、みんなはポカンとしてしまいました。
　電話の向こうの女の子はどうやら、興味のあることにだけ口が回るタイプのようです。
「OH、virus！　やっぱりA.I.C.O.に介入してたわけデスカー」
　ぽむっと納得顔で手のひらを叩いたトワ。けれどすぐに、疑問が湧き上がります。
　かくんと頭を傾けて、
「デモー、ヨウコはなんでそんなの作ったーデス？」
『よっくぞ聞いてくれました！！』
　スマホからにょっきり、本人が飛び出してくるんじゃないかというくらい弾んだ声に、トワは思わずズッコケそうになりました。
『ハッカーのサガってやつかな、見つけちゃうとほじくりたくなるわけだよセキュリティホールってのはね！　ああいっとくけどぼく、オモチャとかカプセルギアにはまったく興味ないから。それよりA.I.C.O.だよ、コードを覗いてみておどろいたんだ、あんなのほかに見たことない！　カプギアの非実体駆動制御に、あらゆるパーツと機体の状態やパラメータ、バトル情報を統括管理するディープストレージユニットを介したクラウドネットワーク。独自の物理演算システムと、その結果を実体化するアンリアル・オーグメンテーション・コンバーター……全てが常識じゃ考えられないよ！　でもぼくは天才だからね、なんとか介入することができたんだ。ほら、この前だってA.I.C.O.が干渉を受けたことがあったろ？　付け入る隙はあるわけ。ぼくの「MOD_OCEANVIEW」はA.I.C.O.に隠された潜在機能のいくつかを開放して掌握するんだ、つまりＡＩの自律稼働による仮想戦闘シミュレーションや攻撃に伴う物理現象の実体化なんかだよ、すごいだろ？　でもさ、おかげであいつらに目をつけられちゃって、それで今日のイベントだってこんなことになって、でもぼくは別にキミらを傷つけようとかそんなこと思ってたわけじゃないんだよ、ほんとだよ。だからほら、なんていうかあの……』
　実に、一方的な言葉の羅列でした。
　洋子という女の子はまるで機関銃のようにしゃべり続けておりましたけれど、なにやら急にトーンダウンすると、饒舌はぴたりとなりを潜めて、
『……悪かったよ。せつめーおわり』
　ぷつん。通話は切れてしまいました。
　雪人ははあ、とため息をひとつ。
「たまにはまたたびメイト以外も食べなよ、洋子……って、もう聞いてナイや」
「えっと。『あいつら』、って言った？　誰のことだろう？　ねえ、MAKIYUKIくん」
　カノンは尋ねます。
　先日のバトルや今日の共闘を経て、無表情な彼のことが少しは分かったような気がしましたけれど……雪人はカノンのあどけない瞳や、問い詰めるような視線の数々にさらされながらも首を振り、そっけなく肩をすくめます。
「聞いてたろ。説明はオワリ。今日のトコはここまで、これ以上は言えない。僕にもイロイロ、都合とか立場とかってものがあるからさ」
　じゃ、と言ってしゅたっと手を上げると、スマホをタップ。ひょいっと肩に飛び乗ったボナパルト２といっしょに、雪人は後ろも振り返らず、すたすたと歩いて行ってしまいました。
　ぽかんとした子どもたちのなかで、
「……かってなヤツ」
　苦笑いめいた翔のつぶやきは、きっと誰しも同じ気持ちであったことでしょう。



「ふうん。まだなにか知ってるみたいですねー、あの意味深ミステリアス少年は」
　妙なあだ名を雪人の背中へ贈りつつ、相変わらず樹の上で、姫はひとりにんまりと笑います。
「それに、ハッカーの海堂 洋子？　ふふん。カプセルギア暴走事件、まだまだ裏がありそうですね」



　悩んでいるのは、CAPGEAR MEIJIN。
「いやしかし、私はこれを見過ごしていいのか？　もちろん私はいつだって子どもたちの味方だし、子どもたちを信じているとも、そうだとも！　でもなあ、しかしなあ……」
「そーんな悩まんでも大丈夫や、おっちゃん」
　ぽむ、っと奈々美はその肩を叩いて、彼女らしい人なつっこい笑みを浮かべます。
「カプセルギアを悪事に使おうなんて輩がおるなら、ここにいるギアマスのみんなが許さへんやろ。うちらもおんなじ気持ちや、な？　勇樹」
「ああっ。俺は俺の正義を目指す……今回の暴走事件が誰かのしわざだというなら、放ってはおけない」
　ぐぐっと拳を握り込んだ勇樹の顔が、MEIJINの心を決めさせたのかもしれません。
　マスクの下の表情は分からずとも、彼はうむっとうなずいて、
「分かった。今はキミたちの言葉を信じて、今日見たものはひとまず、私の胸の中にしまっておくこととしよう……というわけで！　そろそろ中断してしまっていたイベントを再開するとしようじゃないか！　『よいこのカプセルギアきょうしつ』、始めるぞぉーーー」
　腕を振り上げて、だーっ！　子どもたちも再び盛り上がり、うおーっ！
「……愛光堂……だったよな。カプセルギアを発売してる会社って」
　そんなMEIJINの後ろ姿を眺めて、由貴は思います。
　その名のとおりカプセルギアの名人、プロであり、そしておそらくは広報のような存在でもある彼は、きっと愛光堂の関係者なのでしょう。由貴はそう目星をつけました。
「そもそも、カプセルギアってなんなんだ？　愛光堂はどうやって、こんな不思議なオモチャを作ったんだろうな……」
　少し調べてみるか。由貴は胸に決意して、誰ともなくそうつぶやきました。
「ひゃ～。今日はほんとうに、大変なことになっちゃったんだよ」
　ひとまずピンチは去って、ひと安心。玲音もほうっと安堵の息を吐きました。
　……けれど。
「うーん。カプギアの暴走なんて、こんな不思議な展開……なんだかヤバイ予感がビンビンするんだよ！　だよ！」



　そう。玲音の予感は確かに、正しかったのです。
　子どもたちはまだ、知りません。
　カプセルギアというひとつのアソビが、やがて彼らを今日とは比べ物にならない、とんでもないトラブルへと巻き込んでいくことを……！

『携帯戦記カプセルギア』　つづく！！