風邪ひきの唄｜リアクション

風邪ひきの唄

◆縁の下に気付く

　岡瀬靖久は妻と共に娘を学校に送り出した。爽やかな五月の朝の風が吹く。風邪に苦しんでいた靖久も、今ではすっかり元気な身体で娘の前に立っている。

「いってきます！」
「いってらっしゃい」

　しかし娘が学校に行ってから数時間後、みるみるうちに妻の顔が蒼くなっていった。靖久に気付くと元気そうな顔を向けるが、やはり辛そうだ。

「……大丈夫か？」

　それがあまりに心配で、靖久は彼女を連れて病院に行った。

「あー、風邪ですねぇ……薬出しときますね。お大事に」
「そうですか……」

　大病でないことに安心しつつ、帰宅した靖久は寝室まで妻を支えた。彼女はぜえはあと苦しそうに息を吐いている。彼女が眠りにつくまで、靖久は傍に付き添っていた。

「……さて、まずは洗濯かな」

　思い出すのは、靖久が風邪の間甲斐甲斐しく看病してくれた妻の姿だった。今度は自分が彼女を看病する番だ。ちょうど娘は学校に行き、自分の仕事も休み。とあって、靖久はそれに集中出来た。

「……この洗濯機はどうやって使うのだろう……！」

　しかし洗濯機の前に立って、靖久は動揺する。電源は入れられたものの、先をどうするか悩む。これを操作するのはいつも妻だった。靖久はなんとか説明書を探し、それを読みながら洗濯機を動かした。

「こ、これは……」

　洗濯物の山の中、娘の下着を発見して思わず目を逸らす。洗剤を入れて、ふたを閉めた後はもう動かすだけだった。ひとまず、一つ。終えたことにほっとしつつ終わるのを待つ。その間にもう一度眠る妻の様子を見にいった。苦しそうなものの、病状が悪化してはいなさそうで安心する。彼女が起きたら、おかゆを用意してあげようと考えたところで、洗濯機が鳴った。

「こう……か……？」

　干せるものは干した後、アイロンを出して使う――が、シワを伸ばすどころかアイロン皺を作っているのを見て、諦めた。片付けて部屋を掃除する。手慣れた様子の妻の姿を思い出しながら、靖久はあくせくと動き回った。

　――……日々の家の事を彼女が頑張ってくれるから、僕は仕事に専念できるんだよね。
　不器用ながらも掃除を終えて、靖久はカップを傾け一息つく。妻のようには全然いかなかった家事を思うと、彼女が普段頑張っているそれに対する感謝が湧きあがってきた。
　――支えてくれる彼女に、感謝しなくちゃ。
　改めてそう思っていると、寝室の方でもぞもぞと衣擦れの音がした。そろそろ起きてくる頃だろう。靖久は台所に立ち、おかゆを作り始めた。

「口に合うだろうか……」

　治ったら、家族で美味しいものを食べに行こう。そして、家事を教えて貰おうと、そう思いながら。