風邪ひきの唄｜リアクション

風邪ひきの唄

◆戦士の休息

　椿美咲紀はぽやっとした頭を揺らしながら、足取り軽く射撃部の活動場所に向かった。時々ふらりと危うくなるも、美咲紀はそれに気付かずいつもよりもさらに高いテンションで部員に声をかける。

「シューくんもきてましたかー！」
「ああ」

　八神修も練習用のビームライフルを手に的に向かっていた。美咲紀もそれに倣って、練習を始める。

「精が出るな」
「れんしゅーは大事なのです！」

　ライフルを構え、集中。撃ち終えた修はちらりと美咲紀の方を見て、その様子に驚かされた。普段の彼女とは違う、異常なほどの好成績。

「全弾命中！？　凄いじゃないか」
「何かいつもより的に良く当たるです！　ふふふ、あたしちゃん調子いい～」

　美咲紀は大きく笑って、修に力の抜けた笑顔を向ける。修もそれに笑顔を返した。

「隠れた才能、花ひらいちゃいましたかぁ」
「えらいぞ、美咲紀」

　修は美咲紀の頭に手を置き、撫でる。しかしどこか不自然な気もして、今日の彼女を思い返した。普段から明るい美咲紀だが、今日はいちだんと元気だったような気がする。

「それにしても今日の美咲紀はいやに元気だな」
「何か今日はいちだんと気分高揚気味でー、ぜっこーちょーなのれす！」

　修の手が美咲紀の前髪に行ったとき、その手を通して感じる温度に、思わず手が止まった。

「ってあれ？」
「あれあれ？　どーしましたかー？」

　もう一度手に意識を向けた修は、美咲紀の額から感じる熱に表情を硬くする。手を額から離して、今度は頬に添えた。

「熱があるんじゃないか？　よく診せてみろ。……顔も赤くなっているな」
「そりゃありましょうとも、生きてるんだし。熱無かったら死んでるですよぉ」

　美咲紀は修の言葉により高く笑った。修はその喉や首元を観察し、また手を彼女の頭に戻す。ぽんぽんと一撫でして言った。

「……いやいや。美咲紀、今日は帰るぞ」
「な、なんですかー」

　不満げな美咲紀を置いて、修は彼女から離れて電話する。相手は運転手であり秘書だ。迎えに来るよう言って、電話を切る。すぐに来るだろうというので、修は美咲紀に振り返った。彼女は未だへらへらと笑っている。美咲紀から装備を取り上げては、もとの場所に戻しながら、修はもう一度美咲紀の様子をよく見た。その顔は先程よりも赤くなったような気がする。
　そうこうしているうちに、迎えの車が来た。運転手が待っているその前に、修は美咲紀の分の荷物を抱えながら、彼女を押して出てくる。

「あたしはだいじょうぶですよぉ。むしろちょう調子いいですしぃ」
「いや大丈夫じゃない。ほら、乗れ」

　開いている扉の中には、据わり心地のよさそうなシートが待っていた。頑として譲らない美咲紀に、修は言った。

「なんなら姫抱っこしてやるぞ」
「それはやです」

　ふるふると首を振って、美咲紀は車に乗り込む。二人を乗せた車は、そのまま美咲紀の家へと向かって行った。着けばすぐさま運転手と修が美咲紀を彼女の部屋まで運び込む。美咲紀はぽやぽやした頭でなすがままだ。

「医者を呼んでるから、待ってる間に着替えるんだ」

　運転手が去り二人残された部屋の中、修がそう言ってパジャマを取ってくるが、美咲紀はその場でへらへらと笑ったままだった。修は美咲紀の服の裾に手をかける。美咲紀は慌てて悲鳴を上げた。

「きゃー、なにするですかぁ」
「キャーじゃない！」

　ぺしりと額を叩き、修は美咲紀を着替えさせる。美咲紀は今、布団の中でごろごろと動いていた。

「ほら、寝ろ。今冷やすの作ってくるから」
「うー、へんなかんじですぅ」
「って、動くな」

　修は布団をがばりと上げて、美咲紀の動きをぴしりと止める。この攻防はもう少し続きそうだった。