風邪ひきの唄｜リアクション

風邪ひきの唄

◆騒がしい病床

「今日はどう？」
「……無理」

　透明は母親に聞かれて、布団を被りなおした。彼が胃腸風邪にかかってからもう三日経つ。彼を苦しませた下痢もだいぶ治まったが、まだ外出は危うい。世間では休日を楽しむ人々も居るだろうが、今、病に苦しんでいる明には関係なかった。明は徐にスマホを手に取った。この三日間、着信のなかったはずの画面。見ると、ちょうど明が休み始めた三日前の朝に、友人から連絡が入っていたことに気付く。

『体操着忘れたから貸して』

　という簡潔な文面に、明は『木曜は欠席　無理』と同じく簡潔に返した。

「これが女同士だったら、こまめに連絡取らなきゃならんのだろうな」

　自分とは無縁の世界を想像しては呟いて、明はベッドに横たわる。友人づきあいは面倒だと感じることもあるが、こんな状況に置かれてみると現状がどこか寂しくも感じる。それを紛らわすように、ぼうっと、病身を持て余しながら寝転がっていると、瞼が重くなった。明はそのまま、微睡に身を任せる。

「ご飯よー」

　昼ごろ、明は粥を持ってきた母の声に目を覚ました。一口食べて、美味い！　と、明は喜んだ。その母の後を追うように姉が入ってきて、コップを粥の隣に置く。

「これは？」
「りんごジュース」

　すりおろした林檎で作ったものだそうだ。明は揺れる水面を見ながら、

「め、珍しい……！」

　と呟いた。しかし飲んでみて、すりおろしたカスが残っていることに気付き落胆した。

「なぜ絞らない……」

　二人が出て行った後、明は濡れタオルで身体を拭く。風呂に入る代わりにと、温かいタオルを肌に滑らしていると、突如祖母が入ってきた。

「うわっ！？」

　目を丸くしている祖母を追い出して、明は肩を竦める。

「びっくりした……」

　そんなトラブルもありつつ、明はまたベッドに横たわった。しかし――彼の部屋にはバルコニーがついていた。透家の乾燥機はそこにある。明の母が洗濯物を抱えつつ忙しなく彼の隣を通っていって、その度に明は起こされる羽目になった。

「一人になりたい……」

　静寂とは程遠い病床に、明はこう零す。気を遣ってくれているだけでも有難いとは感じるが、ゆっくり眠りたい気持ちもあった。ごろごろとベッドの中寝込んでいると、窓から差し込む日は赤くなっていた。また母が入ってきて、玄関に友人が来ていると明に告げた。ベッドから出ると、随分身体が楽になったと感じる。待ってるからと急かされて、明は玄関に向かった。

「……まさか！」

　一目見て明の鼓動が思わず速くなる。そこに待っていたのは、別のクラスの女子だった。しかし明の期待とは裏腹に、彼女の顔は非常に不機嫌そうだった。彼女は鞄からプリントを出して、明の前に差し出した。先生から頼まれた物だろう、丁寧にファイルに入っていた。明はプリントを受け取って、彼女に笑いかける。……が、その表情はぴくりとも動かなかった。

「また明日」

　二言ほど会話をすると、そう締めて明は帰っていく女子の背中を見送った。結局、彼女の表情は終始ムスっとしたままだった。青春だとか、ロマンティックな空気とは程遠いそれに、明はまた落胆する。

「彼女欲しい……」

　そう呟く明の心には、どこか寒い風が吹いていた。

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