隔絶された街の囚われ人（ＭＭＯＲＰＧ寝子島奇譚）｜リアクション

隔絶された街の囚われ人（ＭＭＯＲＰＧ寝子島奇譚）

　八神修は瞬間的に物陰に隠れた。見上げた一重の目が鋭さを増した。
　制服を着た人物が上昇して塔の窓を蹴破り、内部に侵入を果たした。
「俺と同じで制服か。級友の邪衣の姿もあるな」
　修は潜んだ状態で視線を落とす。頭の中の考えを纏めているかのようだった。
「……悪いが今回の救出劇に俺は興味がない。それよりも製作者だ」
　修はゆっくりと後退して踵を返した。
「特殊能力に空を飛ぶものはなかった。あれはろっこんと考えられる」
　半ば走るような速度で目を忙しなく動かした。
「ろっこんを理解してゲームに反映させることができる者も、また使い手と考えていいだろう。すなわち、製作者はもれいびだ」
　修は走り出した。逸る気持ちとは裏腹に勝手に足が止まる。
「ここまで俺の能力を把握しているのか。是が非でも製作者に会いたくなった」
　修は息を整える動作に努めた。落ち着くと再び走り出す。
「開発段階の名残か」
　塔の間に生まれた余剰地に土管を縦に埋めたような物体が突き出ていた。作り込まれた世界観の中で際立って浮いて見える。
　眉根を寄せた修が近づいていった。
「これは井戸なのか？　水を汲み上げる桶もないが」
　穴の中に視線を移すと闇があった。薄汚れた外観から黒い汚泥のようにも見えた。
「製作者にコンタクトを取るには、ゲーム内で想定外のことをすればいい。引き起こされる障害で俺を意識するに違いない」
　修は穴の側までやってきた。直径一メートルくらいの穴を前にして背筋を伸ばす。
「真相は深い所にあるものだ」
　修は自らの意志で穴の中に落ちていった。

　真下から吹き上げる風で茶色の髪が逆立った。高速で周囲の闇が動いている。修は一本の棒と化して狭い空間を落下した。
　瞬間、白黒の稲妻が周囲に走る。
「不具合によるノイズか」
　間もなく闇は粉々に砕け散り、白いアルファベットと数字の波に呑まれた。渦巻く中心に修は流されていく。
「ここは、どこだ？」
　中心を突っ切った修は空中に浮かんでいた。穏やかな川面にとどまるウキのように微かに揺れている。
　眼下には土気色の朽ちた建物が密集して街を形成していた。生物は死滅したのか。光さえも見られない。建物は巨大な墓碑のようだった。
「ここは階層都市だよ」
「いつからいた」
　修は視線を正面に据えた。三毛猫の模様のパーカーを着た人物が同様に浮いていた。
「この世界が創造された時から」
　猫耳の付いたフードが微妙に表情を隠す。色素の薄い唇が微かな笑みを作った。
　修は表情を変えないで問い掛けた。
「お前はもれいびなのか」
「そうだよ」
「この寝子島奇譚の目的は」
「みんなにゲームを楽しんで貰いたいから」
　最初から答えが用意されているかのような即答であった。
「本当にそれだけの理由なのか？　もれいびやろっこんについて、俺は多少の知識を持ち合わせている」
「私もそうだよ。キミのろっこんは分解だよね」
「俺よりも詳しそうだ。せめて名前だけでも教えてくれないか？」
「私はトコヨだよ。常世かな。常夜かも」
　トコヨはリズムを取るかのように頭を揺らす。白い頬に銀色の髪が見え隠れした。
「そろそろ帰る時間だよ。私がみんなのところに飛ばしてあげるよ」
「また、会えるか」
「さあ、どうかな」
　トコヨの唇から白い歯が覗いた。