隔絶された街の囚われ人（ＭＭＯＲＰＧ寝子島奇譚）｜リアクション

隔絶された街の囚われ人（ＭＭＯＲＰＧ寝子島奇譚）

「扉に鍵が掛かっているみたい。戦士が近づいてきて、ちょっとピンチ、かもね」
　アンは塔の壁を見つめて呟いた。
　眠そうな目をした士が大きく伸びをする。
「まぁ、俺と初島でなんとかするか」
「邪衣くん、それいいねー。俺の一撃がついに炸裂するのかー」
「開かない扉は、どうすればいいのだろう」
　目を伏せた英二の呟きに二人の勢いは瞬く間に失速した。
「どうしたんだ？　そんなところに集まって」
　男子の制服を着た奈良橋博美が手を振りながら走ってきた。腕白な少年が見せるような溌剌とした笑顔であった。
　アンは博美に目をやって左の塔を指差した。
「あの窓に、幽閉された人がいる。助けたいのだけれど、扉には鍵が掛かっていて困っているところ」
「カマボコの断面みたいな形の窓のことだよな」
　アンはこくりと頷いた。
「窓に格子はないな。そうなると高さが問題になってくるか」
　博美は目を横に動かして右の塔を注視した。同じような作りに見えて、三階に相当する部分に薄らとした紋様が浮き出ていた。
「試してみる価値はあるか」
　簡単なストレッチのあと、改めて塔を見上げる。
「俺の力の全てをぶつけてやるぜ」
　数歩の距離を空けて博美は塔に向かって跳んだ。重力を無視して上昇した。ほぼ同時に悲鳴にも似た声が上がる。各々が左方向に頻りに手を振った。
　博美は左ではなく、右の塔に飛んでいた。その悲鳴は突然に嬉々とした声に埋め尽くされた。
　博美は右の塔の紋様に片足を乗せて、左方向を見据えた。
「連続で使えば、あの窓にも届くはず！」
　再度の上昇で窓に迫り、その勢いで中心を蹴り抜いた。通りから歓声が上がる。
　室内に転がり込んだ博美は椅子に縛られた女性に駆け寄った。
「待ってろよ。すぐに助けてやるからな」
　女性は項垂れた姿で微かに頭を上下させた。青い髪が表情を隠していても衰弱した様子はひしひしと感じられた。
　博美は女性の背後に回った。背もたれに開けられた穴に小指くらいの太さの紐が通され、両手首に複雑に絡み合っていた。結び目は強固で僅かな隙間も見当たらない。
「本当に助けるからな。下のみんなを呼んでくる」
　離れる間際に声を掛けて博美は扉に走った。鍵穴近くの鉄製の摘みを適当に動かすと、小気味よい金属音がした。
　扉は勝手に開いた。音を聞き付けたタルトが笑顔で飛び込んできた。
「初めまして、僕はタルト。みんなと一緒に助けにきたよ？」
　黒髪の博美の姿に不思議そうな顔をした。
「助けにきたんだよな？　誰でもいいから、紐を解ける者はいないか」
「そんなことなら僕に任せてよ♪」
　タルトは持参した水筒を博美に渡した。
「水が入ってるから、ザバーと僕にかけてよ」
「そんなことしていいのか？」
　早く早く、と催促されて博美は言われる通りにした。
　タルトは一匹の猫に変身した。俊敏な動きで縛られた女性の膝に飛び乗り、紐の一本に牙を立てた。
「やっぱりタルトちゃんは猫なのだ。サバトラ模様なのだー」
　通路から見ていた真央が目を輝かせた。両手を前に差し出して中腰になる。今にも抱き着きそうな格好に天野が声を掛けた。
「こちらに集中してくれないかい」
　その間に辺りが騒がしくなってきた。甲高い笛の音が不吉を告げる。
　力強い笑顔で博美は通路に出た。真央は押し戻される形となった。
「俺も協力するぜ」
「よ、よろしくなのだ」
「正義の美少女怪盗もいるよ♪」
　絵梨菜は片膝を上げてウインクした。
「泥棒もいるのか。よろしくな」
「今日は天然さんが多いですねっ。義賊の美少女だよ♪」
　どことなく和やかな雰囲気に包まれた。