「さあ、ではミスター・ホームズ? 最後の質問よ、よく聞いてね。
――I have a question for you. (では問おう)
How did the suspect come? (いかにして犯人は侵入したのだろうか?)
My dear Watson, What's your answer?」 (ワトソン君、君の答えを聞かせてくれ)
ネイティブの流れるような発音に、すばるはしばし考え込む。英語の発音を自分の知っている日本語的発音にして、思い当たる単語を見つけ出す。それから日本語に直して考える――学習途中のすばるには、これだけのステップが必要なのだった。ブリジットは頬杖をつき、じっとすばるの答えを待つ。
(……がんばれ、すばる! 話の筋は知っているんだから!)
(扉は錠がかけられていた、窓は入れる場所がない。煙突は――火床の網が細かすぎるんだ)
頭の中ですばるは必死に散らばる英単語をまとめ上げようとする。
「天井の……」
「え・い・ご!」
日本語が先に出てしまった。ブリジットににらまれて、答えをやり直す。
「He came……ええっと……hole in the roofなんだよね、最後は!」
とすばるは叫んだ。
「Of course he did(その通り)。前置詞が抜けちゃってるけどまあいいわ。正解は、He came through the hole in the roof. AからBに移動したり、遷移したりするものにはthroughが使われるのよ。最近なんかじゃthruなんて無粋な形が台頭してきているけど」
「へぇ」
「英語もね、綴り通りに読めたほうがいいという風潮になってきているのよ。それと、日本人には仕方のないことだけれどtheが抜けていたわね。でも、もし実際の会話だったなら、通じていたと思うわ。70点あげる」
ブリジットは小さな包みを取り出した。
「ご褒美、ってわけじゃないけど。焼いてみたのよ」
愛らしい包みからは、ココアクッキーの香ばしい香りがする。
「あ、余りだけどね……クッキーなら、あっちにも、あるし……」
曝書を終えた面々は、即席の喫茶コーナーで綾辻 綾花お手製のクッキーをつまんでいる。比較されるのが恥ずかしくて、ブリジットはこんな言い方しかできないのだった。
「わお! 意外だけど、すごくうれしいよ。まさにfantastic!」
すばるの言葉に、ブリジットは驚きと照れが混じった、ついぞ見ないような表情をする。
「ボクはこっちのほうがいいな。なんてったって激レアアイテムだもんね」
「……お腹壊したって、知らないわよ」
「勉強まで教えてもらって、ご褒美ももらえるなんて最高だよ」
と、ウインク。いい雰囲気になるか……と思えたのにもかかわらず。
「やっほー。神野さんも修繕来てたの? あ、違うの? お疲れさまー」
ミステリ研仲間の神野 美野梨に手を振っている。
(ああ、もう、この八方美人ちくわめ……。でも努力家だし、社交的だし、悪いところはないのよね)
ブリジットは無邪気な相棒を少しだけ困ったような顔で見つめるのだった。