風と共にろっこん｜リアクション

風と共にろっこん

　宙をふよふよしている鮮やかな風船と町の景色とが見渡せる、桜台の方にあるベンチにて。
　御巫時子と五十嵐尚輝は、散歩の足を休めている。
　と、そこへ子供の声が響いてきた。

「にーたん、ねーたん、こえ、あげうにぇ♪」
「え？」
「良いのですか？」
「うん！　とー、まらいっぴゃい、もってうからー！」

　通りすがりの見帰り沼のコトコから、明るい橙色の風船を差し出されれば顔を見合わせる時子と尚輝。
　折角の好意なら、と尚輝がその風船を受け取れば、満足そうに手をぶんぶか振ってコトコは去って行った。

「かわいい子、でしたね……」
「ええ。まぁ僕は、お兄さんと呼ばれる年でも無いので少々面食らいましたが」
「ふふ……そんなこと、ないですよ？」

　和やかな会話を続けようとしたその時、時子の耳が微か悲痛そうな鳴き声を拾った。
　言葉は分からなくとも、それはいつだって自分を励ましてくれる鳥の声。
　突然立ち上がって、ベンチ正面の木の根元にしゃがみ込んだ時子の後を、どうしたのかとすぐに尚輝が追ってくる。
　覗き込んだ先、時子の両手の平の中に一羽の小鳥がうずくまっていた。

「御巫さん、その鳥は……」
「……はい、飛ぶ練習をしようとして……巣から落ちてしまった、のでしょうか……」

　雛と呼ぶ程小さくは無いが、まだ翼からは産毛のような雛鳥が纏う毛が僅かに残っている。
　察した時子が、慎重に手の中の鳥の様子を観察した。

「……羽、多分痛めてます、ね……飛ぶのは、難しいかもしれません」

　切なそうに呟いた時子の横へ、しゃがみ込んだ尚輝が前髪の奥の瞳で鳥を見つめた。
　なだめるように、励ますように。
　ふと、うずくまっていた鳥が顔を上げた。時子と尚輝へと見つめ返す。
　すると、痛めていたはずの翼をはためかせ、時子の手の中からパサッと飛び立ったのである。
　驚くあまり固まる女子一人と男一人。
　しかして尚輝が持っていた橙色の風船が、いつの間にか無くなっている事に気付いた時子は、何かを察した。
　――　きっと、尚輝先生に何か能力が付いたんです、ね……先生みたいに優しい能力が……。

「大丈夫、だったんでしょうか？　動物の治癒力には時に驚かされますね」
「ええ、本当に……良かったです。……尚輝先生、」
「はい？」
「こちらの鳥さん、撫でてみませんか……？」

　ホッと胸を撫で下ろして、時子はそういえばと頭の上の小鳥さんを差して問いかけた。

「尚輝先生、鳥さんに好かれるのかもしれないです、よ。
　今の鳥さんも、先生に見つめられて元気になったみたいですし……」
「はは、そうなら嬉しいんですが」

　どこかはにかんだ笑みを浮かべながら、それでも尚輝は特に拒否などせず時子の頭の上へとそっと手を伸ばしてみる。
　ぴぴぴと鳴いた小鳥が尚輝の手にすり寄る感触を見守りながら。
　――　私の頭を撫でられてるみたいで……落ち着かない、ですが……。でも鳥さん、嬉しそう？
　ろっこんで出てきても、ずっと宿主に気付かれないのは寂しいのかもしれません。
　そう思えば、じっと動かず微笑みを浮かべる時子が居た。