●決戦は放課後

　ちょっとフツウじゃない事件が起こっていても時間は進む。
　そうして今日の授業も全て終わり、放課後がやってきた。
　眼鏡をかけた先生は漏れなく鼻眼鏡と化し、殆どの生徒が授業どころではなかったのは言うまでもない。
　そして生徒達の中にも鼻眼鏡は着実に増えつつあった。
　そんな中、視力になんら問題のない新井 米太郎はきょろきょろと落ち付かない様子であたりを見渡しながら廊下を歩いていた。
「愉快犯だとしたら犯人はニヤニヤしながら眺めてるんじゃないかな…...もしかしたら鼻眼鏡かけて一緒に楽しんでたり？」
　士が送った助けてメールに気がついた米太郎はおどどしながらも犯人探しに当たっていた。
「とりあえず鼻眼鏡の人に話を聞いてみよう。あ、あのすみませんっ……！」
「あ？」
　眼帯の上から黒のセルフレームの鼻眼鏡をかけた赤毛の男子生徒が不機嫌そうな表情で振り返る。
「ヒィッ！？ なんか殺気立ってるっ……あ、あの、その鼻眼鏡って本物……」
「本物だったら何……だっていうんだよ」
「なななんでもありませんっ、しししし失礼しました～！！！」
　慌てて頭を下げ、米太郎は脱兎の如く廊下を駆けていった。
　残された男子生徒はふぅっと溜息をつき、ずれかけたウィッグに手を伸ばして元の位置に戻す。
「危なかったわね……」
　謎の鼻眼鏡の少年、それは変装した桃川 圭花の姿であった。
「この学校にコスプレ部があって助かった……」
　自分の眼鏡を鼻眼鏡にした奴にお返ししたくても、流石に人に見られると恥ずかしい姿であちこちうろつくわけにもいかない。
　そんなわけで圭花はコスプレ部で男子生徒の制服やウィッグなどを拝借して変装し、犯人を探すことに決めたのだ。
「……このお礼はきっちりさせて貰うわ」
　改めて決意を胸に、男子生徒に扮した圭花はボキッと指を鳴らしてほくそ笑むのだった。
　
　そして。

「はぁはぁ……あぁ、もう、面倒臭い……なぁっ！」
　圭花から逃げだした米太郎だったが、突如雰囲気ががらりと変わる。
　顔にはいつの間にか目の部分に穴が開いた赤いバンダナが巻かれており、誰もいない廊下でダンと壁を殴る様は先程の気弱そうな米太郎とは全く違う。
　そう、バンダナを巻いたことにより米太郎は正義の味方【あらこめレッド】モードに切り替わっていたのだ。
「取り敢えず鼻眼鏡の人はとっ捕まえて鼻眼鏡引っ張る！ 鼻眼鏡が外れる奴が犯人だ！ 鼻眼鏡狩りだァ、ひゃっはー！！！」
　……言動が果てしなく悪役っぽいのは御愛嬌。
　ちなみにこの行動にちゃんとした根拠などない。ただ、なんとなく、直感的に、という奴だった。
「ヒーローの勘を舐めるなぁぁぁ！」
　そんな米太郎改め、あらこめレッドを柱に隠れてこっそり覗いていた少女がいた。
「ふむ、面白い推理だ。しかし真相はどうかな？」
　ほくそ笑む少女の名前は鰐淵 碧緒。
　犯罪心理学を嗜む彼女の手には、赤いハートのシールで封をされた、一通の白い封筒があった。



　放課後になってから本格的な聞き込みを開始した鼻眼鏡捜査官・望月と相棒の武道。
　聞き込みをしていた二人に気になる情報が入ってきた。
「派手な服シャツを着た生徒？」
　最初の犠牲者である貴子が、倒れる前に派手な柄シャツを着た男子生徒を注意していたという情報だ。
　登校時の下駄箱で何人かが現場を目撃していたらしい。
「可能性としてはそいつが一番怪しいわけだが、他に情報は……」
「この時の目撃者は全員眼鏡をかけていなかった」
「そして大体同じ時間でその場所にいた眼鏡は、風紀委員長が倒れた騒ぎを聞きつけてやってきた生徒会長だけだ」
　追加で情報を持ってきたのは天野と刀だった。
　二人は保健室で寝込んでいる貴子に聞き込みに行ったはいいが、「絶対安静ですぅ」と殺気立つ牡丹に阻まれ、他の生徒に聞き込みをして情報を得たようだ。……余談だが、この際天野を女子と勘違いした男子生徒がべらべらといろんな情報を話してくれたらしい。成果を得られたのは良い事だが、天野の心境としては複雑だ。
「僕は被害者の出たルートを調べてみたんだけどねー、最初の被害が出た玄関というか下駄箱付近から１階、そして２階、更に職員室や特別教室棟方面に広がっているようだよ」
　やみぴが学校の見取り図に犠牲者発生時刻を書き込んだものを見せる。
「派手なシャツの男子も生徒なら玄関から入って授業を受ける。玄関から自分の教室、そして授業が進めば移動教室もあるし休み時間で移動するから……ふむ、成程な」
　見取り図をなぞりながら士が納得したように頷く。
　こうして事件解決に向けて動いていた生徒達の何人かは互いに声を掛け合い、放課後の空き教室に集まって各自で集めて整理した情報を交換し合っていた。
「でも同じ時間同じ場所にいた眼鏡の人でも鼻眼鏡化する人としない人がいるので、接触するだけが鼻眼鏡化の条件ではないみたいですねー」
　事実そう言う五月も鼻眼鏡化していない。
「そういえば、海原会長に眼鏡に恨みを持ってるような人を探していただけたんですが……」
　そう言って時子が控え目に茂が聞き込みした結果を皆に伝える。
「2年9組の三根 雄真（みつね・ゆうま）さんってご存知ですか……？」
「2年9組、隣のクラスだな」
　武道が顎に指を当て首を傾げている横で、望月が「あ！」と声をあげる。
「ん？もしかして望月くん知ってるのか？」
「いや、名前と顔は知らないけど、隣のクラスにいつも派手なシャツ着てて目立つ奴がいるのを思いだしたんだよ！」
　派手なシャツと言えば朝貴子と接触した、鼻眼鏡ろっこん使いとおぼしきものの特徴だ。
「派手なシャツの男がその三根だとして……奴は眼鏡にどんな恨みがあるっていうんだ？」
　三根は体育科の生徒らしく健康優良児で、更に優れた動体視力を持った男子生徒らしい。眼鏡とは無縁の生活を送っていたはずだ。
「それなんだが……」
　鼻眼鏡を押しあげながら教室に入ってきたのは昴だった。
「うちのクラスに乃木坂 詠子（のぎざか・よみこ）という女子がいるんだが。彼女も眼鏡をかけていて、やはり被害にあっていた」
　美形に鼻眼鏡というミスマッチでシュールな姿が皆の腹筋に深刻なダメージを与えるが、ここで笑ってはいけないと皆唇をかみしめて耐える。
「そして彼女にここ数日変わったことないかと聞いてみたら、2年男子に告白されたが断ったと言っていた」
「2年男子って、もしかして……」
　皆の集めた情報がパズルのピースのように一つずつはまっていく。
「彼女にはもう恋人がいたんだ。そしてその恋人も眼鏡をかけていることを確認した」
　昴の言葉に修一郎がキラリと眼鏡を輝かせた。
「動機が見えてきたな」
　天野が呆れたように溜息をついて髪をかきあげる。
「つまり、何？好きな眼鏡っ娘を眼鏡野郎にとられて振られたから眼鏡が憎いってこと？……下らない」
「まぁそう言うな。傷心による一時的な暴走ならまだしも、拗れたら大変だ。……それに、眼鏡全てが対象になっていないのも気になる。発動条件も定かじゃないが、もしかしたらろっこんをコントロール出来ていないって可能性もある」
　ろっこんをコントロールできていない、それはつまり暴走状態であるということ。命に関わるような現象を起こす能力でなくても、暴走した力は皆のフツウを奪ってしまう。
　刀の言葉に、その場にいたメンバーに緊張感が走る。
「皆、急いで三根を探そう。話をすれば解ってくれる可能性もある」
「ああ、それに鼻眼鏡にされた奴らが怒って暴走する可能性もあるからな。そうなったら助けてやらねばなるまい」
　刀に続き修一郎が教室を飛び出し、そして他のメンバーも後に続く。
　……そんな緊迫した展開の裏である惨劇が起こっていたことを、果たして誰が推理できただろう。


「ヒャッハァァァァァ！　鼻眼鏡おいてけぇぇぇぇぇ！！」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ！！」
　正義の為に鼻眼鏡ハンターと化したあらこめレッドが譲から鼻眼鏡を強奪する。
「な、何をするんだ！？」
「犯人探しの一環だよ！ 犯人もハナメガニストで、鼻眼鏡がろっこんの条件かもしれないからね。疑わしき鼻眼鏡はこのあらこめレッドが一つ残らず駆逐してやるんだ！」
　自信満々に語りながら、バチコーンとウインクをかましたあらこめレッドは譲から奪った鼻眼鏡を手に走り去っていった。
　彼が消えた廊下の奥から新しい悲鳴が聞こえてくる。
「くっ、校内で遭難とか洒落にならんっ……！」
　視力が悪い譲にとって眼鏡は死活問題だった。眼鏡のない状態では歩くこともままならず、躓き転んで這うようにして廊下を進む。
「眼鏡……眼鏡……眼鏡……！ これもみんな犯人のせいか、絶対、絶対許すものかっ……！」
　呪詛のように眼鏡眼鏡と呟きながら譲は這いつくばって屋上を目指す。
　眼鏡を失う前に見た、ある情報を頼りに。