それいけ蚤の市！～欲しい物は何ですか？～｜リアクション

それいけ蚤の市！～欲しい物は何ですか？～

　糸のように細い目で、志波甲斐斗はのんびりと市を見回す。
　あちらにもこちらにも質の良さそうな品が並んでいる様子を見れば、口元に笑みが乗った。
（感性を磨くには、より良いものに触れる事が大切だと師匠は言っていました）
　その教えを、胸の内に繰り返す。
　そうして甲斐斗は、ゆったりぶらりと歩き出した。
（さて、どんな作品と出会えますかね）
　なんて、幾らかは胸を弾ませながら。
　陶芸家たる甲斐斗にとって、特に気になるのはやはり陶磁器関連。
　目に留まった焼き物の前にしゃがみ込んで、甲斐斗はスタッフへと声を投げた。
「こちらの器、触っても？」
「ええ、勿論です」
「ああ……やはり、美しい陽刻ですね。瑠璃釉との相性も素晴らしいです」
　手に取り、眺め、心底からの感嘆の息を漏らし、
「これは、どのような品なのでしょうか？」
　と問いを零して、手の中の器が生まれ、ここまで歩んできた道筋を耳に、心を飛ばす。
（多くの作品を見て触れることで、学べることも多いですからね）
　今日はいい日になりそうです、と、甲斐斗は器の表面を柔らかく撫でた。
　そんな甲斐斗の歩みは、じっくりと、ゆっくりとしている。
　緩やかに市を巡っている分、焼き物以外の様々の品も視界に映っては、甲斐斗の目を楽しませた。
（……しかし、この蚤の市……）
　はて、と首を傾げる。
　いかにも良質な小物を品良く飾ったそのすぐ近くに、駄菓子が並んでいたりするのだ。
　一律５００円、というならば、あの駄菓子もワンコインということになるのだろうか。
（少々、値段のつけ方がおかしいような……）
　謎は尽きないが、首を捻っているうちに、甲斐斗は別の物に出会ってしまった。
　甲斐斗を惹きつけたのは、とある大皿。
「これは……」
　色といい形といい、かなり好みの逸品だった。
　見惚れるような豪奢さでありながら、ただただ華美を誇る様子ではないのが好ましい。
　絵柄は全て手描きのようで、その緻密さが、うっとりするような繊細な印象を醸している。
（箱有りで傷無しの美品……５００円で買える代物ではないはずなのですが……）
　甲斐斗は悩んだ。
　勿論、購入することはできる。けれど、
（本当に、この値段でいいのでしょうか？）
　その価値がわかるがこその、躊躇い。
　暫し考えて――甲斐斗は、胸の内にひとつ頷いた。
（こういうものは一期一会といいますし、思いきって買わせていただくことにしましょう）
　スタッフに声をかけ、大皿を購入したい旨を告げて、５００円を支払う。
　手に入れた品は、心にまで響くような重みを、それを抱く甲斐斗の腕に伝えた。
（僕には過ぎ物かもしれませんが、こうして出会えた事が何かのご縁なのでしょう）
　感謝しないといけませんね、と、甲斐斗はふわりと微笑んだのだった。