それいけ蚤の市！～欲しい物は何ですか？～｜リアクション

それいけ蚤の市！～欲しい物は何ですか？～

　アケーチ・タッマーキは、自身を蚤の市へと誘った偉丈夫――犬杜一閃の姿を目に、口元に笑みを乗せた。
「おや、またお会いできましたね……！」
「……ああ、あの時の」
　一閃の目元が、ふっと柔らかくなる。
　素敵な催しを教えていただき感謝しております、と、アケーチは一閃の元へと歩み寄った。
「貴方は何かお目当てのものはありましたか？」
「……これを」
　差し出されたのは、一冊の古書だった。
　何の変哲もない品だが、灰色の瞳に映る優しい色を見るに、彼にとっては特別な物なのだろう。
（素晴らしいことですね。私自身は、欲しいものが思いつかないのですが……）
　胸を、何かが小さく引っ掻く。
　それには気付かぬ様子で、一閃が「そちらは？」と短く問い返した。
　アケーチは、心中を覗かせない端正な笑みを、そのかんばせに湛えて曰く。
「それが、まだ何も。折角なので色々見て回りたいものです、ふふ」
「もし探し物があるなら、お手伝いするわよ……じゃなくて、しますよ！」
　ひょこ、と顔を出したのは、近くの品々を見ていたらしい犬杜初だ。
「……おや？」
「ああ、従妹の初だ。初、チラシを見てきてくださったお客様だ」
「こんにちは！　良かったぁ。お兄ちゃん無愛想だから、チラシ配り向いてないと思ってたのに」
　くすくすと、従兄をからかうように初が笑った。
　その声を耳に、「心外だ」という顔で一閃が初を見遣る。２人のそんな様子に、
「嗚呼、お二方とも揃って愛らしい……！」
　と、アケーチはうっとりとして頬に手を宛がった。
　ついでに何故かハァハァもしている。強いぞ、ド変態！
「あ、あの……？」
「そうだ、貴方は、願いが叶うのならば何を願われますか？」
　相手の困惑なんてなんのその、アケーチは初へと思いつくままに問いを零した。
　初が、くるりと目を丸くする。
「え？　ええっと……あ、そういうお客さんは？」
「……私、ですか？」
　問いが、そのままアケーチの懐へと戻ってきた。
　少しだけ考えて――アケーチは、にっこりと笑みを浮かべる。
「そうですね……可能ならば裸の王様になってみたいですね。透明な服を着て奇異な目で見られる快感……！」
　頬を柔らかく朱に染めて己を抱くアケーチを前に、「うわあ」という顔になる初。
　一閃が、「お客様に失礼だろう」とばかりにその背を軽く叩くのを目に、
（本当に欲しいのは……家族、なのですが）
　と、アケーチは心底からの願いを、胸の内だけに呟いた。
　２人のことを、羨ましく感じながら。

　じきに一閃達と別れて、アケーチはまた蚤の市散策へ。
　ふと目に留まったのは、楽しげにアクセサリーを検める黒衣の美女――四十九院鸞先生だ。
「アクセサリーですか。どれも、貴方によく似合いそうです」
　声を掛ければ、顔を上げた四十九院先生はふわりと微笑んだ。
「あら、嬉しいお言葉ですわねぇ。私、素敵な物が沢山で迷ってしまって」
「むべなるかな、ですね。それに、販売主様の『手頃な価格でお値打ち物を手放す』という心意気たるや……」
　私、キュンとしました、とアケーチが胸元に手を遣れば、「そうですわねぇ」と相手も頷く。
「きっと人格者さんなのでしょうね、ふふ」
　笑みに、笑みが返る。
　２人のやり取りを、アクセサリー達の煌めきが静かに見守っていた。