修学旅行、寝台特急で行こう北海道！｜リアクション

修学旅行、寝台特急で行こう北海道！

●ハイエの決意

　汐崎ハイエは、就寝前の空き時間に、クマの湯の母屋にある先生たちの部屋を訪ねていた。
「永田先生、すこし、お時間よろしいでしょうか」
　安楽椅子でパイプをくゆらせていた永田孝文先生が、ここではなんだから、とハイエをロビーへ誘う。
　ハイエがロビーのソファーに腰を掛けると、永田先生が缶入りのリンゴジュースを買ってくれた。
「先生……？」
「子どもっぽいか？　あっ、他のやつらには内緒だぞ。先生破産するからなー」
「はい、あの、いただきます……」
　ハイエはリンゴジュースに口をつける。
「先生……今日は函館までお付き合いいただいて、ありがとうございました」
「うん」
　永田先生は穏やかに肯く。この日の昼間、自由時間を利用して、ハイエと永田先生は、函館の北大水産学部のオープンキャンパスに参加してきたのだ。
「……実際に行ってみて良かったです。私……やっぱり、自分の好きな海に関わる勉強をしたい。今日見学して、決意しました。この大学を受けてみよう、と。もちろん、高い学力が必要だと思いますし、親元も出ないといけない……でも、そういったことに立ち向かう覚悟が、できたような気がします」
「そうか」
　永田先生は、ハイエの言葉に嬉しそうに目を細める。
「ちなみに今日見学して、逆に、心配になったことはないか？」
「あ……」
　きっと先生は、生徒のちょっとした不安に気づいたのだ。
　ハイエは先生の気遣いに感謝して、実は、と切り出す。
「水産学部に入れば生き物に接する事になりますよね……私、今までそういう飼育経験がなくて、どう対応していいのかわからなくて……」
「なるほどな。ま、先生の言うことは正解じゃなくて、ひとつの考え方だけどな、生物部に入ってみるのもいいかもなー」
　永田先生は気楽そうに答えながら、袂からパイプを取り出し……女の子の前だと思って仕舞いなおす。
「生物部……」
　ハイエは何かひらめくものがあったようだ。
　見るからに表情が明るくなった。
「はい。考えてみます」
「うん」
　気持ちが楽になったのだろう、ハイエはがらりと話題を変えて、その日函館で食べたイカそうめんが美味しかったことや、キャンパスの近くの五稜郭公園が本当に星型をしていて感動したことなどを話した。永田先生はにこにこしながら、うん、うん、と相槌を打つ。
　やがてハイエは立ちあがってぺこりと頭を下げた。
「先生に、背中を押してもらえて……私、とても感謝しています。改めて、ありがとうございます」
　それと、リンゴジュースも。
　そう付け加えるとハイエは顔を上げ、にっこりと笑った。

　ハイエが立ち去ったのち、永田先生はしばらくソファーに身を埋めてパイプをふかしていた。
　吸い込んだ煙を、ほうっ、と吐く。
　綺麗な白い輪が出来て、永田先生は満足そうに微笑んだ。