修学旅行、寝台特急で行こう北海道！｜リアクション

修学旅行、寝台特急で行こう北海道！

●カナリアさん　お入んなさい

　ぱたぱた、と羽音をさせて。
　黄色いカナリアが、宿の中の灯りを覗き込んでいる。
　――桜井ラッセルだった。彼は、ずうっとカナリアの姿で修学旅行の一行に付いて来ていたのだ。
　友人の八神修だけはそれに気づいていて、時折ラッセルが人の姿に戻っているときは、傍にいてフォローしてくれていた。実のところ、ラッセルは密かにフードを目深にかぶってサングラスで変装し、修と一緒に３年生の荷物を運んだりするのを手伝っていたのだ。「手伝ってくれと頼んだわけじゃないからな」などと修は言っていたけれど、内心は嬉しかったに違いない。
　もっとも、それはわずかな時間で、基本はカナリアの姿でいたけれども。

（北海道ってマジで桜咲いてるんだもんなー。気持ちいいぜ）
　昼間はそんなふうに、うきうきと北海道の空を楽しんでいたカナリアラッセルだったが、宵も更けてくるころには、さすがに人の温もりが恋しくなってきた。
（うう……春の気温……流石に夜はつれーな）
　何より、寂しい。
　ラッセルはピィピィと囀りながら、しばらくクマの湯の周りを飛んでいた。アネモネたちに目撃されたのは、おそらくこのときだろう。一人は堪えるなあ、と羽根を震わせていると、鳴き声に気づいたのか、修が部屋の窓を開けてくれた。
（すまねぇ……）
　ラッセルは、有難くその窓に飛び込んだ。

　修の部屋に転がり込んで驚いた。
　彼は理事長の計らいで二人用の和室をひとりで利用していたのだが、一組だけ布団の敷かれたその部屋で、よりにもよって英語の参考書を読んでいたからである。
　ラッセルは修の背中のそばまでにじり寄り、肩ごしに、参考書が眩暈がしそうなものであることを確かめると、がっくりとその肩に顎をのせて、嘆息交じりに訊ねた。
「え……と。何やってんのか聞いてもいいか？」
「何って……勉強だが」
　見ればわかるだろ、と言わんばかりに、修は首を傾げる。
「修学旅行なのに？」
　ラッセルが驚くと、
「え、桜井。持って来てないのか？　……一冊も？」と修の方が逆に驚愕の表情を見せる。
　ラッセルはもちろん、鳥姿で来たわけだから荷物はなにもないのだけれど。そう告げると、修は不憫そうにラッセルを見遣って言った。
「一冊貸そうか？」
　――彼は善意だった。
　修は自らのカバンを引き寄せる。取材用のカメラと並んで、そこにはずらりと参考書が入っている。
　一冊取り出して、ラッセルに差し出す。
「わからない部分があれば教えてもいいし」
　――繰り返すが、彼は善意だ。
　いやいや、とラッセルは大げさに手を振って断った。
「高校生の修学旅行で勉強はねーだろ！？　もっと旅を楽めよ！」
「楽しめ？　いや、俺はこれが楽し……わぷっ」
　修の言葉が途切れる。
　ラッセルはこの生真面目な友人に枕を投げたのだ。
「修学旅行の夜と言えば、これだろー！？　枕投げ！」
　そのとき、ノックする音がして、間を置かず襖が開いた。
　ラッセルが２度目に投げた枕は運悪く、襖の向こうから現れた先輩の顔面にクリーンヒット！
「あっ」
「よぉ」
　顔面から枕をはがしながら、先輩・虎沢健太がニヤリと笑う。
　健太の影には浴衣姿の橘敦志がいて、ラッセルに手を振っている。
　健太は枕を投げ捨てると、二人に向かって仁王立ちになり宣言した。
「後輩ども、その枕持ってついて来な。女子部屋に行くぜ」
　ラッセルがおそるおそる訊ねる。
「な、何をしに……？」
「決まってんだろ。夜這いだよ」
　健太に続いて敦志が答える。
「ま、女子の部屋に行くのは覗きと違って犯罪じゃねぇ、嗜みってヤツだな」
　もちろん、後輩たちに、断る余地はない。