小人さんがゴーゴー｜リアクション

小人さんがゴーゴー

　シーサイドタウンにある二階建ての小さなマンション、ニャス・ポ・ワール黄昏荘から夜海霧楓が足早に出てきた。ハンチング帽を目深に被る。眼鏡の奥の目を用心深く動かす。
　鋭い目に安堵が滲む。黒いカジュアルスーツ姿で街の方に向かって歩き出した。片方の目に光が当たる。眩しそうな顔で空を見上げた。
「なんだ？」
　空から何かが無数に降ってきた。雨ではない。ゆらゆらと揺れる様子は雪に近い。が、今の季節は春である。あり得ないと楓は軽く頭を振った。
　その間に小人が肩の上に降りた。落下傘として使っていたとんがり帽子を急いで被る。
「生き物なのか？」
　楓は肩の上の小人に手を伸ばす。ワンピースの端を摘まんで引っ張ってみた。小人は腹這いとなって肩にしがみつく。尚も引っ張ると噛み付いて抗った。
「離れないか」
　指を離すと小人は起き上がった。尻を振って踊り出す。
「肩の上で踊るんじゃねぇ」
　声を無視して小人は無心で踊る。手を上下に動かして愛らしい動きを見せる。楓の目が優しくなった。
「なんか気分がいいな。でも、踊るな」
　全く聞いていない。ワンピースの裾を翻して踊り続けた。
　大きく息を吐き出した楓は周辺に目を向ける。人々の頭の上や肩で小人が躍っていた。猫背の中年男性の両肩には小人が四人も乗っていた。陽気に踊り続けている。
「……ダメだ、契約が取れない……俺は、無能だ……会社、辞めたい……人間も……」
　死相が出ているような顔でよろめきながら歩いてゆく。楓は肩の上の小人に目をやった。
「あれはお前らの踊りのせいなんじゃねぇのか」
　小人は踊っている。上下の手の振りが激しい。とんがり帽子の先端をくるくると回した。
「仕方ねぇな、コイツは。俺が独自で調べるか」
　楓は人の多いところを選んで歩いていく。周囲に目を向けつつ、たまに肩の上の小人の様子を窺う。
「その踊りは飽きたぞ」
　やはり、聞いてはいない。楓はとんがり帽子の先端を摘まんだ。取られないように小人は片手で押さえる。尚も引っ張る。浮き上がることを阻止しようと両足で肩を挟み、楓の顔に向かって唾を飛ばしてきた。
「やめろ、それは反則だろ」
　意表を突いた反撃に遭って指が離れた。小人は胸を張る。間もなく踊りを再開した。
「やれやれだぜ」
　楓は自身の頬を撫でた。小人に悪びれる様子はなく、黙々と踊りに専念した。
「その踊りに意味はあるんだろう。ただな、踊りが気に食わねぇ。もっと、堂々と踊れ！　こんな風に！」
　人目を気にせず、楓は歩道でステップを刻む。大きな動きから小さく纏めて地面に両手を突いた。その流れに乗って足を旋回させる。最後は片手を突いた状態で両足を垂直に上げて回転した。
　突然のパフォーマンスに人々は足を止めて見入った。楓の回転が止まり、両足で着地を決めると拍手が起こる。
「これくらいやって見せろ！」
　楓の肩にしがみついていた小人が起き上がる。少し考えるような間を空けて左右にステップを踏み出した。四つん這いの姿となってチョコチョコと足を動かす。
「ブレイクダンスっぽいな！　気分がいいから、俺が教えてやるぜ！」
　溌剌とした顔で楓は言った。

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