４月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

４月の☆ハッピーバースデー

●４月８日　―テオドロス・バルツァのBirthday―

　寝子高の裏山にある猫鳴館は、半世紀以上前に建てられた学生寮だ。
　その後、紆余曲折を経て学校の寮としての登録を抹消され、今は地図にも載っていない。

　にも関わらず、寮には毎年、噂を聞きつけた生徒が住みついてゆく。
　例えば彼女、綾辻綾花のように。

「だいぶ暖かくなってきましたね」
　廊下から吹き込む春風に肌を撫でられ、綾花が呟いた。
「そろそろコタツもしまわないといけませんね、クロワ？」
　綾花の言葉に、飼い猫のクロワが尻尾を振って応えた。
　食事の最中に話しかけるな、とつれない返答である。

「そのカリカリ、どうですか？　私の特製ブレンドです」
　クロワの返事はない。食事に夢中で聞こえていないようだ。
「ふふっ。食べ終わったら、一緒に外に出ましょうね」
　そう言って、綾花はそっと、カリカリと猫缶をバッグに忍ばせた。
　きっと『彼』も気に入ってくれるに違いない。

　４月８日、早朝。
　この日、綾花とクロワは山を下りて、街中へと繰り出した。
　誕生日を迎えたテオドロス・バルツァへの挨拶である。

（街外れの公園に行ってみよう。きっとテオに会えるはず）
　根拠は特になかった。
　強いて言えば、大の猫好きである綾花の勘だろう。
　この時間だったら、テオはきっとあそこにいる。
　私とクロワを見たら、いつもの彼と同じように、
（チッ。うるせえ奴らが来やがった）
　みたいな、つれない顔をするだろう――そんな気がしたのだ。

　果たして、綾花の予感は的中した。

「あっテオだ！　おーいテオー！」
　公園の広場ではしゃぐ綾花。その傍で、草むらの猫じゃらしを弄ぶクロワ。
　そんなふたりを、テオはちらりと一瞥した。

（チッ。うるせえ奴らが来やがった）
　不機嫌そうな表情を隠そうともせず、露骨に無関心そうな仕草をするテオ。
　だが、そこは猫好きの綾花だ。
　あれがテオの興味を示すサインであることは知っている。
　どうやら、プレゼントの出番のようだ。

「７歳のお誕生日おめでとう、テオ！」
　プシュ。
　猫缶を開ける音が、去ろうとするテオの足をぴたりと止めた。
　取り出した皿に、カリカリと猫缶をそれぞれテオの後ろに置く。

　テオは振り返り、堂々とした態度で皿の前に座ると、綾花のプレゼントを食べ始めた。
（気に入ってくれたみたいで良かったです）
　いつしか隣に戻っていたクロワに、綾花はそっと笑いかける。
「あれはテオの分だから、帰ったらね」
　もの欲しそうにカリカリを見つめるクロワを、優しく撫でてやった。

「ねえ、テオ。今年の目標とかってある？」
（何だ。そんな事が知りたいのか？）
　テオはじろりと綾花を見ると、彼女の心に語り掛けてきた。
（ねえよ、そんなモン。強いて言えば死なねえ事くらいだ）
「世界を切り分けるのだって疲れるでしょ？　私も、負担を減らせればいいって思うんだけど」
（てめえのためにやってるわけじゃねえ、勘違いすんな）
　食事を終えたテオは、後ろ足で耳の後ろを掻きながら、面倒くさそうに欠伸をする。

「相変わらずだね、テオは。今年もよろしくね」
（待ちな小娘）
　挨拶をして帰ろうとした綾花を、テオが呼び止めた。
（飯、美味かった。頼みがあったら聞いてやるぜ。今は気分がいい）
「じゃあ、もふらせて！」
（チッ。本当に人間てやつは、どいつもこいつも……）
　そう言って足元にすり寄ってきたテオを、綾花はそっと抱き抱えた。
　今日は何ていい日だろう。
「あと、クロワとも仲良くしてくれると嬉しいな」
「ミャ」
　テオはちらりとクロワに視線を送ると、もう一度大きな欠伸をした。

　今年は、本当に素敵な一年になりそうだ。
　綾花は心からそう思った。