Midnight is mine｜リアクション

Midnight is mine

■乙女（もうそう）は夜に花開く
　空に花々が浮かぶように、妖精たちが飛ぶように、幻想が目に見える時がある。
　それはもっぱら、椿美咲紀が布団に入ったときだった。
　たとえばそう。
　布団を被って部屋を暗くして、目を閉じて枕に頭を埋めた時。
　世界への扉が、空想の花が、魔法のまぶたが、開くのである。

　ごく普通の夜だったと思う。
　美咲紀は眠る準備をばっちり整え、静かな夜に浸ろうとしていた。
　聞こえるのは窓の外ではしゃぐ虫の声くらいで、美咲紀の眠りを妨げるものなんてない。
　明日の予定に寝遅れないように、ぐっすり眠るのが吉である。
　しかしなぜだろう。
　今日読んだ漫画の内容が忘れられない。

　少女漫画の中でもちょっぴり特殊。商社に勤める二人の新人会社員が恋と出世と営業トラブルを相手に挑戦を続ける漫画である。
　男同士の友情や、時に方針の違いで対立するライバル関係や、お互いへの羨望から生まれる助け合い。最終的には絆によって喪失を取り戻す一貫したスタイルは３０台から４０台の読者層をがっちりとつかんだそうだ。
　が、しかし。
「あのダブル主人公……どう考えても……」
　美咲紀は一般的な読者とはちょっとだけズレている、『行間を読む読者』だ。
　色々気遣って著作権がらみの心配が無いところで例えると、ホームズとワトソン。決して恋愛とは関係の無い二人組から、愛と恋を見いだすのだ。
　そんな美咲紀アイから見ると、このダブル主人公には恋をにおわせる何かがあったのだ。
　しかし少女漫画。それもビジネス漫画。男の友情を描いた漫画である。まさかそんな……と思い返しているうちに、美咲紀の空想がまぶたのうらに広がった。

　ファンは時として原作をときほぐす。
　原作に描かれても居ない学生時代を空想したり、ファンタジー作品のキャラクターを日本の高校に通わせてみたりする。
　その路線で考えてみると、美咲紀の中にふと腑に落ちたものがあった。
　主人公たちがお互いを思い合う時、必ず一定の構図をとるのだ。
　その構図はいわゆる伝統のＢＬ構図。それも役割のハッキリとした構図である。
「そうだ。あの二人は、形のない恋をしているのです……！」
　しゃきーんとなにかが光った気がした。
　目を閉じればネームが浮かぶ。
　頭の中で描かれた背景の中で、キャラクターが遠回しに本心を悟りあい、遠回しに想いあい、しかしお互いの立場を考えていつも通りに接しようとする尊き光景が数ページにわたって書き上がっていく。
　これはいけない。書き残さなくて……は……。

　鳥のさえずりが聞こえる。
　目覚まし時計のアラーム音もだ。
　うっすらと目を覚ました美咲紀は、ぼんやりとした顔で背伸びをした。
「なんだかいい夢をみた気がするのです。なんだったのでしょう。けど……しあわせー」