Midnight is mine｜リアクション

Midnight is mine

■夜は誰がために
　八神修はいつも、日付が変わる前に眠ることにしている。
　理由は沢山あるが、人に尋ねられた時彼は――。
「夜更かしはお肌によくない」
　と冗談めかして言う。
　大きな視点でものを見る彼の思考からシミュレートするに、生活習慣を整えることは万事良好に成すことにつながるがゆえだろう。
　夜型人間を否定するわけではないが、夜にちゃんと寝て朝に起きることは内蔵のバランスを整えるだけでなく、思考の正常化にもはたらく。
　試しに三日ほど夜型生活にしたところ思考がガビガビして、他人に怒りやすくなったということもある。世の愚かな人々と迎合してしまわぬためにも、ちゃんとした睡眠は必要なのだ。
　さておき！
「これはお肌によくないな」
　ベッドサイドに本を置き、修は眉間をもんだ。
　何が気になるわけでもないのに、どうやら寝付けない。
　一説によれば、人間には精神のバランスというものがあり、波の高い日は興奮が続き睡眠不足におちいりやすいという。
　こういうとき無理に眠ると精神を乱すとも。
　適切な対処法は……。
「肉体と精神のリラックス、だな」
　修は薄い上着を羽織り、部屋を出た。
　長い廊下が待っている。
「さて、リラックスするにも一苦労だぞ」

　両親や兄弟だけで暮らす家であれば、うっかり親を起こさぬようにこっそり玄関のドアノブをひねって外に出るなんてこともあるだろう。
　足音を殺して冷蔵庫をそっと開け、ミルクを取り出すこともあるだろう。
　修の家はそれもなかなか難しい。
「皆を起こさないようにしないとな。俺のわがままで、いらない苦労をかけるわけにはいかない」
　これは人道的な問題以前に、いずれ人を管理する立場を考える修の覚悟でもある。
　間違っても他人を下駄代わりにして歩く大人にはなるまいというのが、修の修たるゆえんなのだ。目指すは絵本に描かれるような『優しい王様』である。
　というわけで、優しい王様はこっそりキッチンに忍び込み、こっそりホットミルクを作り、こっそりサンルームへゆくのだ。

「ふう……すこしばかり、スリリングだったな」
　最難関も乗り越えた。トレーに載せたホットミルクをテーブルに置き、ミュージックプレイヤーにヘッドホンを繋いで音楽を再生しはじめた。
　穏やかなクラシックと星空。
　途中から加わったネコが足にすりつくので、修は口元に指を立てて微笑んだ。
　今夜はもう少しだけ、延長だ。

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