海神の島にて｜リアクション

海神の島にて

「え？　南の島へのご招待券ですって？　やったー！」

　ハンドベルが鳴り響く中、成人女性の嬉しそうな声がmiao店内に響く。それが彼女がこの異変に巻き込まれる前兆であった。時を遡ること一週間前。三折部朝衣が海神の島に関わることになったのは、ほんの偶然である。
　彼女は町役場に勤める公務員だが、それでも忙しき年度末は平等にやってくる。嵐の夜が如く激しかった仕事の波もようやく収まり、住民課への業務応援からもとの総務課へ復帰。ほっとしながら仕事を終え、その帰りに立ち寄ったmiaoで買った服についていた、福引券。目出度いことに、それで無事当選したのだ。
　彼女はあのウミコーギーの泣き言や海神の無茶ぶりを知らず、ただ本当に――運命の悪戯に巻き込まれただけなのである。

「な、何よこれぇ！？」

　途中不思議なアナウンスに何事かと思いつつも、無事に付いたことに安堵の息を吐き、なによりと思っていたところである。辿り着いたその島は、一見普通の無人島……かと思いきや、森に入ってみるとそこにはケーキやパンが高く、まるで果実か何かのように枝にぶら下がっていたのである。先客である迷彩服を身に纏い、カメラを構えた少女、樹が平然とその実を食べているのを見て、朝衣も勇気を出してショートケーキ風の見た目をしたその実を齧ってみると、覚えのあるクリームの滑らかな食感とあの甘みがする。

「うそっ！？」
「びっくりだよね！」
「どうなってるのよこれ！？　あなた、ここのこと知らないの？」
「わかんない！」

　これには隣にいる樹も驚いたようで――朝衣と二人してツッコミを入れながら次はチーズケーキ風の実、その次はチョコレートケーキ風の実、またその次はミルクレープのような実と、次々味見しては、そのどれもこれもケーキそのものの味がすることに齧るたび驚きを隠さない二人の周囲は随分と賑やかであった。喉が渇いたと朝衣が言うと、樹は良い場所を知っているとばかりに彼女を案内する。
　導かれるまま進んだ先には、紅茶と珈琲の香りが漂っていた。喫茶店らしきものも茶畑もないのに、どうしてこの香りがするのだろうと朝衣が思っていると、樹が池の方を指差した。

「そっちは池でしょ」
「そう言わずに見てみて」

　朝衣は示された池の水面を見てあっと声を上げた。

「夢の中みたいね」
「あっちにはジュースの川、あっちにはワインの泉があるよ」

　ワインの泉に向かう前にと、朝衣が茶の池を飲んでみると、正真正銘、アイスティーの味がする。朝衣はもうこうもおかしな状況が続くとなると慣れてしまって、すっかりこの状況を受け入れていた。樹の撮ったビデオを見ると島全体が不思議なもので溢れていることがわかり、くすくすと笑う。

「じゃ、私はここで」
「また明日ね！」

　樹と別れてから、朝衣は未だ頭上で燃えている太陽を見て、思う。
　――南の島に来たのだから、やはり海を満喫しないと！
　朝衣が辿り着いた岩場、その目の前に広がる海は透明感のあるネオンカラーだった。どうなっているかはわからない、でも、ちょうど持参したビタミンカラーのトライアングルビキニ。それとよく似合う。朝衣は意気揚々と着替えて、海に入った。水が心地よい涼やかさを与えてくれる。浮かんだり、歩いたりして海を楽しむと、今度は思い切ってその中へ潜ってみた。朝衣の体がネオンカラーの水を進む。
　ある程度進んだその中で目を開けると、潜る前の朝衣の予想通り、綺麗な水底の世界が広がっていた。淡い水色の中を、様々な海の生き物やサンゴ礁やらが広がっている。クマノミがイソギンチャクと戯れる姿や、クジラの雄々しい様、貝のその美しさを見ただけでも、朝衣は驚嘆し、仕事での疲れが癒されるような気持ちになった。

　――来てよかったな。
　ただ、素直なその気持ちを抱え、朝衣は漂う。

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