海神の島にて｜リアクション

海神の島にて

　ざざ、ざざざ……どこか遠くで聞こえる波の音に、久雨は微睡から意識を戻した。
　ウミコーギーと島中駆けまわって遊んだ後、木陰で休んでいたらすっかり寝入ってしまったようだった。照り付けていた太陽は沈みきり、頬を撫でていた潮風は止み、夜のどこかひんやりとした空気が久雨を包んだ。はっとして、きょろきょろと辺りを見回すまでもなく感じる、コーギーの温もりに安堵する。そのまま、手をコーギーの背へ持っていき、撫でた。

「んん……？」
「すまない、起こしてしまったか」

　撫でられたコーギーは身動ぎして、ぱちりと目を開ける。すまなそうな久雨を否定するように、ふるふると首を振った。

「大丈夫です」
「……そうか」

　遠くで波の音が聞こえる。久雨は木陰に腰を下ろしたまま、葉の合間から見える星空に見入った。ウミコーギーも、久雨につられるように首を上げて星空を見る。宝石箱のようなそれに久雨はふと、口を開いた。

「……この世界の星空は、私達が普段見ている星空と同じなのか？」

　そう言ってから、久雨は指でなぞるように、星々に手を翳す。何度見ても、記憶にある寝子島の星空と一致しない。ウミコーギーはふるふると首を振って言う。

「ちがうようになるようにつくった、っていってました」
「……そうか」

　久雨はその返答に手を下ろして、またコーギーを撫でた。くぅーん。ひと鳴きして、コーギーは言う。

「海には入らないんですか」
「ああ、星を見ていたい」

　それを最後に、暫し沈黙が流れた。その合間に、ざざ、ざざ……岩が波を弾く音が鳴る。星はより一層輝いて久雨とウミコーギーの目を楽しませた。すると、ぽろり、ぽろりと天から何かが落ちてくる。久雨は直感の赴くまま、それを手に取った。掌の中には星、星、星だ。蛍のように煌々と光っている。
　そっと舌を付けて舐めると、久雨は甘味を感じた。そして大好きな金平糖の味だ、とも思う。そのまま食べてしまおうと動かす手を途中で止め、下ろす。手の中で、星が光った。

「食べないんですか」

　沈黙を返して、久雨は目に焼き付くほど、星空を眺め続ける。

「……私は夜の海が苦手だった」

　しんと静まり返った森の中に、久雨の声が響く。ウミコーギーは、じっと耳を傾けた。久雨の目には、思い出の中の暗い、どこか不安を呼び起こすような黒い海が見える。そして、次にあの海神の海で見た、澄んだ世界が思い出される。久雨は続けた。

「夜の船上から見た景色は全てが暗く、黒く……生き物など居ないような所へと、私も溶け込んでしまいそうな気がしたから」

　そうして、ウミコーギーの背を撫でる。ウミコーギーはくぅうんと鳴いた。

「貴様達があの青く澄んだ世界を私に見せてくれて、嬉しく思う」
「おれいをいうのはこっちです。助けてくれて本当にたすかりました。ありがとうございます」

　するりと、久雨の手がその毛を滑る。離れた手は、迷うように空を彷徨った後、元の場所に戻った。

「……ありがとう」

　久雨が微笑んだその時、夜空の星がまた一つ、二つ、久雨の手元へ降る。ウミコーギーは、落ちて光る星に小躍りしながら、くぅんと鳴いた。

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