あやかし大戦争｜リアクション

あやかし大戦争

■人妖闘争伝・壱の巻
　夜露も降りぬ丑三つ時に、一羽のカラスが手すりへとまる。
　書を開いていたときの将軍・秋宰清九郎秋貞は羽根の音に手を止め、書を閉じた。
　孤独と静寂。
　一拍、葉の落ちるまで。
　秋宰は息を吸い、相手の語る頃を待った。
「妖軍は決戦を受け入れた。これより三日のち、幾多の血が流れるだろう」
　将軍のほかに語るものなどいないかに見える部屋の隅。正しくは手すりの上にたつカラスが、詩を詠むように述べた。
「血は川と流れて怨嗟の海となり、呪った雨は次の民を焼くぞ」
「然様。人も妖も、いたずらに死を望みはすまい。こたびの戦いで気が払われれば、対話の余地も生まれよう」
　カラスが続きを述べるまでもなく、将軍は席を立ち、筆をとってはしらせた。
　書簡を受け取り、頭を垂れるカラス。
　もとい、妖軍の裏方を担当する将、旅鴉月詠。
　月詠は再びカラスに身を変じると、書簡を持って空へと飛び立った。
　飛び立って一刻も立たぬころだろうか。
　部屋の扉を叩くものがあった。
　入れと声をかけたなら、アケーチ・タッマーキが顔を見せた。
「秋宰殿。今しがた人の声がしたように思いましたが」
「おらぬ」
　追求を許さぬ語調に、アケーチは深く頭を垂れる。
「報告があるのだろう」
「は。人類軍総勢、そろいましてございます。秋宰殿の領土となるべき土地を愚かにも居座らんとする妖どもに、神威をお見せくださいませ」
　立ち上がる将軍秋宰。
　アケーチは取り出した眼鏡をかけると、ほうと熱い息をついた。
「残るは秋宰殿が陣へおつきになるのみにございます」
「うむ」
　腕を上げる秋宰。アケーチは上着物をとり、彼へと歩み寄る。

　人と妖の決戦は近い。
　川を挟んで両軍ともににらみ合いながらも、互いに戦力を集めていた。
　戦いはもはや避けられぬものと知り、誰もが緊張の限りにある。
　そんなさなかで、後衛の幕に覆われた椅子に腰掛ける将軍、常闇虚。
　帝につかえる名家の家紋を幕と羽織りに入れた彼女こそ、人類軍が将の一人である。
「面を上げなさい」
「は、はい……」
　一方で、言われるままにひざまずく姿勢のまま顔だけを見せたのは青山絢。
「あなたは日頃見世物小屋でこう述べているそうね。『私に化けられない者などいない。姿絵ひとつ見せられれば、男でも女でも、たとえ妖であっても完全に化けてみせる』……と」
「そ、その通りにございます。けど……その……」
　虚が手のひらを晒した。
　ぴたりと止まる絢の口。
　扇子を手にゆっくりと立ち上がり、絢の周りをゆっくりと歩き始める。
「こう言いたいんでしょう？　『変化の妖術が戦争になんの役に立ちましょうか。できることといえば、仲間に化けて取り入る程度にございます』」
「それは……！」
　振り返る絢の唇に、扇子の先端が添えられた。
「みなまでいうな」
　息のかかるほどの近さで、虚は絢の耳へと囁いた。
「なにも前線で槍を持てなんて言わないわ。ただ捕虜にした妖に化け、脱獄したように見せかけて敵軍に潜り込むだけでいいのよ」
「だけ……ではございません、よね？」
「あら。ものわかりのいい子は好きよ」
　たれた髪が、絢の頬に触れる。
　撫でるように、肩に手が添えられた。
「決戦の乱れに紛れて、今から指定する捕虜を助け出しなさい。名家の人たちでね、帝も彼らの無事を思ってお心をいためているわ」
「……変化が、気付かれた時は？」
「決まっているじゃない」
　絢の耳に、虚の唇が触れた。
「毒を飲んで自害なさい」
　びくりと身体をふるわせる絢に、虚は笑った。
「大丈夫。私も追って潜入するわ」

このページにイラストを設定する