キミガダイスキ｜リアクション

キミガダイスキ

■君がいるだけで
　既に、その香りは修に届いていたかもしれないし、届いていなかったのかもしれない。
　それ程、修の心は七夜あおいに満たされていた。
　　　　　　　　　　　
　目が覚め、身支度を整えた八神修。
　毎朝の日課であるランニングに出掛ける前に、修はそっと机の上の写真立てに手を伸ばした。
　そして用意していた一枚の写真を新たに挟み込む。
　今まで飾っていたあおいの写真に笑みを返した後、修はその写真を丁寧にアルバムへと戻した。
　新たな写真は、二人で作ったケーキを中央に、エプロン姿の修とあおいが寄り添ったもの。
　二人で買ったエプロンに。
　二人で作った、ケーキ。
　ケーキ作りの際に撮影した写真はどれも映りが良く、写真立てに収める一枚を選ぶのが大変だった。
　少しずつではあるが、あおいの料理の腕が上達している、と修は考えていた。
　共に作った薩摩芋のケーキだって、二人で美味しく平らげた程で。
（あおいは知らないだけなんだ。それがあの、独特の味の原因の一つ）
　だから、二人で美味しいものを作り、また美味しいを知れば。あおいの料理の腕は上がるのはないか。
　写真に納まるあおいの無邪気な笑顔を、修は愛しさを込めた瞳で見つめるのだった。

（しかし、写真と言えば……）　
　思い出すのは、先日『何でも屋いぬもり』の依頼で猫の写真を集めた日の事。
　猫を集める目的で猫耳を装着していた修の姿を見つけてしまったあおいがそっと撮影した写真は、宣言通りに修のスマホに送られてきた。
（俺の写真だけでなく、もっとあおいの写真を、日常を送ってほしいものだけれど）
『修君、時間だよ』
　そう思った瞬間。修の頭の中に愛しい人からの声がかかった気がした。
（そうだ、時間だ）
　今日から、日課であるランニングの距離を更に増やそうと考えていた修。
　机上のエプロン姿のあおいに、決意の表情を見せる修だった。

　どちらかと言えば、読書や勉強が好きな文学少年の趣きのあった修だったが、本人のたゆまぬ努力――毎朝のランニングや筋力トレーニング――により、体力にも自信がついてきた。
　しかし、それでも己の限界を超えるため、切磋琢磨する。
　軽く準備運動を行った後、修は軽やかに地面を蹴った。

　走りながらも頭に浮かぶのはあおいの姿、声。

　先日、寝不足だと言っていたあおい。
　翌日あおいに会った際にその後の様子を聞いたところ、やはり変わらず寝つきが良くなかったらしい。
「そうだ。眠れなかったら、俺に電話するといいよ。何か悩み事があれば聞くし」
　その夜、修の元にかかってきた電話。
「ごめんね。せっかくだから電話しちゃった」
　そう言う彼女と交わす何気ない会話。
　段々と眠気が訪れてきたのか、口数が少なくなってくるあおいに愛しさを感じずにいられなかった。
「……あおい。付き合ってくれてありがとう。眠れそう？」
「……うん。ありがとう、修君、ごめんね、おやすみ。……また、明日」
　次の朝、二人で夜更かししちゃったね、と笑い合ったのも幸せな思い出だ。

　そんな思い出を噛みしめつつ走る距離は、決して容易なものではなかった。　
　息が上がり、そこで足を止めてしまおうかとも思うほど。
『修くん、頑張って』
　そう言うあおいの姿が脳裏に浮かぶ。
　その姿を認めるだけで、修の身体に力が漲るのが自覚できた。
（……あおいは、凄いな）
　力強く足を踏み出す。
　もっとあおいの力になりたい。彼女を守れる存在になりたい。
（もっと……）　　
　限界を更に超えるために。
　己に課したランニングの距離を走り切った修。
　自室に戻ると、机の上の写真に微笑んだ。
（あおい、ありがとう）

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