キミガダイスキ｜リアクション

キミガダイスキ

■強い気持ち　強い愛
　ベッドの上で仰向けに寝転び、高梨彩葉は大きく息を吐いた。
　『ボヌール』なる変装メイド喫茶で今日もバイトを終えた彩葉。
　心地よい疲労感を全身に感じていた折、開け放たれた窓からふと柔らかな香りが部屋に舞い込むのを感じた。
（……何の香りかな？）
　じんわりと胸に広がる心地良い香りを大きく吸い込むと、彩葉の胸が大きく上下する。
　すると、一人の少年の顔が彩葉の脳裏に浮かび上がるのだった。
（拓郎、今、何してるかな？）
　紆余曲折ありつつも、成就した恋の相手である志波拓郎の姿が彩葉を捕えていた。
　
　彩葉と拓郎が出会ったのは、一年の春。学校の屋上だった。
　友人達と歓談の最中に現れた拓郎。
　製菓部に所属し、お菓子作りが大得意な彩葉が作りすぎたクッキーを、甘い物が大好きな拓郎が食べてくれたのが出会いのきっかけ。
『……おいしい……』
　そうポソッと呟きながら、眠たげにも見える拓郎の表情が甘い物の美味しさによってみるみる輝く。
　それは今でもよく見る光景ではあるのだが、それを初めて見た時の事は今でも鮮明に覚えている。
（クッキーすすめたら、何個も食べてくれて。屋上から帰る時も一つ持っていってたっけ）
　思わず自分の顔が綻ぶのを彩葉は感じていた。
（あの時から拓郎、走り幅跳び頑張ってるんだよね）
　身体つきから体育会系だなぁ、とは思っていた。陸上部と聞いてとても納得したものだ。
　あれから、もう一年が過ぎたと思うととても感慨深い。
（そこから屋上で話すようになって……一緒にご飯を食べたり、図書館で勉強したり……）
　課題が終わってから、当然のように二人で甘いものを食べに行ったり……
（あの頃はまだ、恋人同士ではなかったんだよね）
　いつからだろう、それを恋だと認めたのは。
　ベッドの上でごろり、と寝転ぶ。
　一年の時の担任、久保田美和。恋の相談に乗るつもりが、逆に自分の相談になってしまったり……
（色々、あったなぁ……）
　拓郎には好きな人がいると思い込んでいたけれど、それが自分だとわかった時。
　拓郎からの、真剣な告白。
　どれも、遠い昔のことのようにも思えるし、それでいて昨日のことのように思い出すことが出来る。

　彩葉のウェディング姿に顔を赤らめる拓郎。
　彩葉のバイト先に二人で訪れたこと。
　１人悩んだ砂浜。
　ちゃんとお付き合いしてからも、変わらぬどころかより深い愛情と共に接してくれる拓郎。

（……拓郎）
　彼の鍛えられた腕、がっしりとした体格。それでいてお菓子を食べる時の嬉しそうな顔。語尾におっぱいを連呼。
　そんな思い出も蘇り、思わず吹き出す彩葉。
　下ネタが得意でない彩葉、当時はドン引き極まりなかったが、そんな一日も今では大事な思い出の一つだ。多分。
　ひとしきり笑ったあと、彩葉はベッドから身体を起こした。
（大変だ）
　彩葉のくっきりとした二重瞼の瞳が、柔らかに細まった。
（私が思ってた以上に。私、拓郎のことが大好きだ）
　とめどなく溢れる思い出に、彩葉の胸が高鳴る。
　初めて恋心を自覚した時のように、胸は熱い。
（もっともっと傍に居たいし、居て欲しい）
　拓郎の優しさ、安心感。
　だけれど芯はとても強く、凛々しい。

　今すぐにでも会いに行きたいけれど、でももう夜も遅いから。
　せめて自分の気持ちを直ぐに送ろう。
　しなやかな指先で、彩葉はスマートフォンを操作した。

『拓郎、突然だけどさ。大好きだよ』

　そっと、送信。
　拓郎はどんな反応をしてくれるだろうか。
　叶うならば、その表情をしっかり見たい、と思う。
（明日、どんな気持ちになったか、聞いてみようかなっ）
　悪戯に、しかし幸福そうに微笑む彩葉だった。