まかい探訪記｜リアクション

まかい探訪記

　機械の町に夜はない。
　通りの何処かしらに魔道燈やガス灯による色とりどりに賑やかな光が眩く煌く町に、空の茜も闇もほとんど届かない。
「夜が来るよ」
　それでも、時計の魔女の言葉に機械の子らは次々に立ち上がった。羅針盤の上に座るピクシスにお菓子やコインを渡し、手を振ってはそこここから蒸気を噴き出す町の何処かへと帰って行く。
「それじゃ、さよなら」
　黒髪を彩る歯車のリボンや時計の首飾りを魔道燈の光に揺らめかせ、時計の魔女は白い手をひらりと振った。華奢な首をちらりと傾げ、スカートのポケットから出した小さな時計を私の手に握らせてくれる。
「海底でもきっと動作するはずだよ」
　くすり、気まぐれに微笑む。
　礼を言おうとして言葉に詰まった。時の流れを留めるこれがあれば、海底遺跡の彼を救うことは格段に容易くなるはず。
　座したまま仰げば、彼女は黒い瞳を遥かな空へと向けていた。思わず視線の先を追う。
「流れ星……？」
　同じように空を見上げたピクシスが呟き、首を捻って眼を凝らす。羅針盤の付喪神であるせいか、彼は途轍もなく視力がいい。
「違う、……人型のまもの……？」
　彼が言うには、白銀の長い髪持ち体の線に添うた闇色の衣装纏ったナニカが、雲よりもずっと高く遠くを凄まじい速度で流星の如く飛行しているらしい。
　流星の尾のように見えるのは、その背から突き出た鉄色の翼から赤黒く噴き出す炎。
「……unknown」
　時計の魔女がどこかしら秘密じみて囁く。
　名さえ知られぬそのまものは、闇に溶け込みながらこの地を護るナニカだと言われている。超高高度を猛烈な速度で飛行し続けているがゆえに、姿の目撃例さえ極めて稀な存在。男であるのか女であるのか、どれほど昔から空に在るのか、何を糧として生きているのか、そもそも生命活動を持ち得ているのか、知られていないことの方が多い。
「一度だけ、遠目に見たことがある」
　暴走した合成獣が機械の町を破壊しつくそうとしたときだと時計の魔女は語ってくれた。
　空より降り立ったそれは、何体もの獣を無節操に組み合わせたせいで理性をなくし猛り狂う合成獣の周囲を異常な速度で飛び回ったかと思うと、どこからか取り出した閃光弾を投げた。目が眩み咆哮する合成獣の真正面から振動刃を額に叩きこむ。縦横無尽に宙に舞い、刃を時に手に時に口に咥え、合成獣に一切の反撃を許すことなくその身を滅多切りに切り裂いた。それは異常な速度を生み出す恐るべき身体能力を持つunknownでなければ出来ぬ、異常な戦闘であったのだろう。

　町を破壊し尽そうとした獣が地に伏し息絶えたとき、獣を斃した町の守護者の姿は既になかった。
　時計の魔女が言うには、unknownと呼ばれるまものは、紅い光を帯びた瞳を持つ他はひとと変わらぬ姿をしていたらしい。
「穏やかな眼だったよ」
　鬼神の武力を持ちながら、町や自身に危害を与えなければその力をふるうことはないのだろう。
　――見慣れない者がいるな……
　彼とも彼女とも判らぬまものは、雲と星の間を飛びながらそんなことを呟いているのかも知れなかった。
　いつかかなうならば、この機械の町を護り続けるまものと相対することができるといい。そうして出来るならばunknown自身の口からさまざまの物語を聞き出してみたい。
　賑やかな町の遥か上空、闇よりもなお昏い紅炎の尾曳いて飛行するまものへ向け、流星に願うように手を振ってみる。
　いつかのその時は、もしかするとこの町が危機に瀕した時なのかもしれないが――

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