【星幽塔】そしてまた『日常』へ｜リアクション

【星幽塔】そしてまた『日常』へ

【第十三階層(4)】

「あの時、何であないなことした？」
　剛が問うと、遊琳はしばしの間、何も答えずにただ微笑んでいた。
　その表情を見ているだけで、あのときが、最終決戦のあのとき、あの瞬間を指していることが伝わっていることがわかった。
　だと言うのに、何も答えずにただ微笑んでいる遊琳がなんだか腹立たしくもあった。
　笑いごとやないで、と剛は呟く。
「怒っているのかい？」
　遊琳が質問に質問で返す。
　それに、剛は少し鼻白んだように目を瞬かせてから、
「ああ、せやな。今でもちと怒ってんで。死ぬ気やったんやったら、もっと怒る」
　しばしの逡巡の後、正直な気持ちを答える。
　それに、遊琳はやはり静かに微笑んだまま、
「……"終わりの形"を選びたいと思うのはそんなにも不思議なことかい？」
　と、やはり質問に質問で返した。
　遊琳は、はぐらかしたわけではなかった。
「君の様な戦士の誇りも強さも持ち合わせない僕が力を使い果たした先は手間になる保護対象。最終決戦の場にそんな余力はなかったさ」
　だから、遊琳は自分の終わりの在り方を、自分で選択したのだと言った。
　それに、
「……もっと俺を頼ってくれてもよかったんとちゃうか？」
　と、剛は言う。どこか責めるような、哀切な響きのある声だった。
　遊琳はわずかに目を見開き、その視線を言い訳を探すかのようにかすかに逸らし、
「……眠りたいと思う様な美しい所だった」
　と答えた。
　今度は剛が遊琳の顔を、はっと見やる。
「だから役割を終えたなら、あの地になら、墜ちるも良しと――そう思っただけ」
　遊琳は、その視線を見つめ返しながら苦笑交じりにそう答えた。
「…………」
　剛は何も言わずに黙っている。ただその言葉の真意を推し量るように、じっと遊琳の目を見つめている。
「けれど」
　と先に口を開いたのは、またしても遊琳だった。
「僕をあんなにも当たり前に抱き庇う君を癒した時の恐怖以上の胸の痛みも否定しないよ。僕と違う方法で白龍に信を乞うた君が眩しくて隣には並べないと思った事も。なら、もう君の知らない所で"眠って"しまいたかった事も」
「……遊琳」
　剛が遊琳の名を呟く。
　何をどう答えればいいのか迷うようなわずかな逡巡。
　その後、
「……俺は傷ついてでも、何があっても助けたかった、守りたかったんや。竜さんを、みんなを。今度こそ、目の前で失わん為に……」
　剛は、ふっと星空を見上げるようにして、静かにそう呟いた。
（誰かを助ける為、微笑んだまま落ちて行くお前を見た時、腕の中で目覚めんお前を見た時……凄く怖かった。未だ目覚めない親友と重なって見えたから。俺は、また友達を助けられんのかって……）
　そのときの恐怖と胸の痛みを、剛もまた否定はしなかった。できるはずもなかった。
　だって、それが今の自分にとっての確かな真実だったからだ。
「……阿呆やなぁ。お前も、俺も」
　剛が、ぽつりと自嘲めいた呟きを漏らす。
　遊琳は何も言わない。
　否定も肯定もせずに、ただじっと剛の顔を見つめている。
　そんな遊琳に向き直り、剛は続ける。

「遊琳、俺の目の前で死ぬのは許さへん。その度、連れ戻したる。……覚悟しぃや」

　静かな決意を滲ませた剛の言葉に、遊琳はまたかすかにだけ目を見開いた。

　＊　＊　＊

「……」
　遊琳は、しばし黙っていた。
　言うべきか、言うべきでないか、逡巡をしていた。
　だが、

「……僕は"見られている内は何処へも行けない"よ」

　気がつけば、ぽつりと口を突いて、そんな真実が零れでていた。
　剛が遊琳を見ている。
　よく意味がわからないとでも言うように。
　そんな剛の視線をかわすように、遊琳は、しばらくの間、彼から目を背けて遠くを見やる。

（……さて、これより先の僕に君はどうするやら）

　胸中で呟くその横顔は、こころなしかいつもより少し晴れやかにも不安げにも見えた。