【星幽塔】そしてまた『日常』へ｜リアクション

【星幽塔】そしてまた『日常』へ

【第十三階層(3)】

　星の海は広い。
　だから、その広い海の遥か彼方で、赤い絨毯が二人の人間を連れて飛んでいたことを弥逢遊琳は知らない。
「……綺麗だな」
　ただ星が綺麗だったから。
　だから、遊琳は騎士の光で呼び出した箒に魔法少女のように横座りして、星の海を飛んでいた。
　ぼんやりと星の海を眺めていると、この塔でこれまでに起きた冒険や戦いのことが自然と思い起こされてくる。
　同時に、一緒にその戦いを潜り抜けたある人物のことも。
　そのときだった。

「……ゆーちゃん？」

「え？」
　よく聞き知った、ちょうど今思い浮かべていた人物によく似た声に、思わず箒を止めてそちらを振り向く。
　最初は聞き違いかと思った。
　そうでなければ、これは何か偶然かとも思った。
　けれども、そのどちらも違う気がした。
　そんなことを考えながら、

「やあ、君か。何故、ここに？」

　遊琳は、努めて事務的に、ただそうとだけ声の主に問うた。

　＊　＊　＊

　服部剛は、相棒の竜――アルスの背に乗ってこれまでに訪れた階層を見てまわっている途中で、箒の上に横座る遊琳の細い背中を見つけた。
「……ゆーちゃん？」
　気がつけば、喉から声が漏れていた。
　その声に、ぴたりと星の海を流れて箒が止まった。
　最初、見間違いかと思った。
　とてもよく知る背中なのに、そこに背負う雰囲気がいつもとまるで違って見えたからだ。
　だが、

「やあ、君か。何故、ここに？」

　その声を聞き、顔を見た瞬間に、それが弥逢遊琳その人であることを確信した。
「……ああ、俺か？　……今まで訪れた階層をアルスと見てまわっとったんや」
　言いながら、剛の脳裏に甦るのは、遊琳とともにくぐり抜けた最終決戦での出来事だった。
　あるいは、目の前にいる遊琳もまた同じことを想起していたのかもしれない。
「自ら見聞、か。ああ、君はそういう子だったね」
　いつもとは違う、少し達観したような表情で笑みをこぼしながらアルスの頭に手を伸ばす遊琳の表情から剛はじっと目を離すことができなかった。
「嗚呼、そうだ。逢いたいと思っていた。"君"には礼がまだだっただろう？」
　アルスの頭を撫でながら、遊琳が呟く。知っているのに知らない声と顔で。
　主の違和感を相棒も感じ取っていたのか、アルスが少し困ったような声を上げて剛を振り返る。
「……せや、アルス。……おおきにな。お前の翼のお陰で、今度は助けられた。……お前はこの為に俺の相棒になってくれたんかな、なんて」
　冗談とも本気ともつかぬ口調の剛に、遊琳が目を瞬かせる。
「……なあ、遊琳。訊いてもええか？」
　何を、とは言わずに剛は遊琳に問うた。気がつけば、自然と口調は改まり、愛称をもちいることもやめていた。
　遊琳は答えない。ただ静かに微笑んでいる。
　それを是と受け取り、剛は続ける。
　あのときからずっと聞きたかった、けれども訊けなかった、その問いの続きを。