【星幽塔】そしてまた『日常』へ｜リアクション

【星幽塔】そしてまた『日常』へ

【第六階層(2)】岩と雲海の奇岩の世界

　第六階層は、岩と雲海と奇岩の世界だ。
　それゆえにほかの階層と比較すると人の生活できる空間が限られ、それゆえに人の密度が濃くなり、摩擦や軋轢も生じやすくなる。
　それでも、そこで平和な暮らしを望もうとする人達はいるし、そういった人達が手を取り合って形成した街やコミュニティがある。
　フローレンス・アイメルトが、曖浜瑠樹と結城日和を誘って訪れたのも、そういった街の一角にある小さな酒場だった。
「わぁ……。第六階層にも、こんな酒場があるんだねぇ」
　と、瑠樹が騎士の力で呼び出した羊から飛び降りながら、鳶色の瞳を輝かせて言う。
「本当に雰囲気のあるいいお店だね」
　日和も、その酒場の雰囲気を気に入ったようだった。店の内装はどことなくジャズ喫茶風で、クラシカルというよりは、モダンな感じがする。ＢＧＭを演奏する楽団の楽器も、寝子島で言うところのサックスのような楽器が使われている。
（……やっぱり音楽は世界共通なんだね）
　日和は、それらの楽器を見て、確信を抱く。ならばこそ、これまでに自分が幾度となくこの階層で平和への祈りをこめてヴァイオリンを弾いてきたことも決して無駄ではなかったのだろうと。
「ここのマスターはまだ星守と義勇軍が対決していた頃から、私に良くしてくださっている方です。ここでなら、私と一緒に居ても、あなた方を悪く思ったり、危害を加えようとするものはいないでしょう」
「……フローレンスさん。色々と気にし過ぎだよ。そんなに何もかも一人で背負いこんじゃ駄目だよ？」
「そうだよぉ。オレ達、別に何を思われても気にしないよぉ」
　薄く淡い笑みを浮かべるフローレンスに、日和と瑠樹は胸が痛むのを禁じ得ない。
　そんな彼女にとって少しでも救いになれば、と二人は持参した手土産を差し出す。
「あ、これ、私が焼いてきたクッキーだよ。って、ここで出していいのか、ちょっとわかんないけど」
　はっと慌てる日和に、店のマスターがぐっと親指を立てて問題ないと言ってくれる。禿頭のいかめしい男性だったが、気さくな良い人のようだ。
「俺もお土産だよぉ。第三階層でリアおじさんから貰ってきた金剛オレンジとかサファイアリリーだよぉ」
　瑠樹も、負けじと持ってみた土産物をテーブルの上に並べる。そこに第六階層の名物である鳥の肉を使ったチキンカツサンドや、チキンのソテーが並び、柑橘の匂いと混じりあって何ともいえない芳醇な香りを建てる。
「……ありがとうございます。私がしたことは、簡単に許されることとは思っていません。けれど、少しずつ、街の人々の理解を得られるようにしていきたいと思います」
　いくらか前向きになったフローレンスの言葉に、日和と瑠樹は再び視線を交わすと互いに相好を崩した。
「よーし。じゃあ今日の良き日に、平和のために一曲弾きます！」
「わぁ、待ってましたぁ！」
　ガタッと音を立てて日和がヴァイオリンを手に立ち上がれば、瑠樹がパチパチと拍手をする。
　日和の弦がゆっくりと優雅な調べを奏でると、それにあわせて店内の楽団もアドリブの演奏を披露する。
　こうして、第六階層のとある酒場で、平和への祈りをこめたささやかな宴が幕を開けるのだった。