【星幽塔】そしてまた『日常』へ｜リアクション

【星幽塔】そしてまた『日常』へ

【第六階層(3)】

　その頃、サキリ・デイジーカッターは、第六階層の守護者たる竜の前で、ラプターに連れられたヤグロ・サイファが「誓約」を立てる姿を見守っていた。
「……やむをえんだろうな。いいだろう。『鷲の槍団』の長、ヤグロ・サイファの名にかけて誓おう。今後、先の様な騒動は起こさせないと」
「ほんまやろな？　竜の前で誓いを立てたんや。あれは嘘でした、じゃ済まされへんで？」
　駄目押しをするラプターを、ヤグロは無言のままジロリと睨み返す。
　反論こそしないものの、そのヤグロの視線には強い敵意と害意を感じたサキリは小さく息を吐く。やはり一筋縄には行きそうもない。
「……これでいいのだろう？　そろそろ失礼させてもらう。こちらも色々と忙しいのでな」
「……ああ。ご足労、痛み入るよ」
「……あ、ちょっと待ちや！　まだ僕の話は――」
　ラプターはまだ何か言いたげだったが、ヤグロは無視してさっさと行ってしまった。
「ありがとう、ラプター。充分だよ。ヤグロがこの誓いを順守するかどうかはわからないけれど、この階層の守護者の前で立てた誓いを違えたといなればこの階層の民の『鷲の槍団』に対する信頼はガタ落ちになる。そうなれば、今後、地道に民の信頼を勝ち取っていったフローレンスを支持する者の方が多くなる可能性が高い」
　誓いを守らせることよりも、誓いを立させたことの方が重要なのだとサキリはラプターに説いた。
「なかなか可愛らしい顔してあくどいこと考えるなぁ……」
「ふふ。褒め言葉として受け取っておくよ」
　なかば呆れたようなラプターの言葉を軽く受け流し、サキリはこの階層の守護者たる竜に向き直る。
「あなたにもお願いがある。これからフローレンスは、過去の過ちを償い、当代のアステリズムとして、この階層の人々ともに新しい世界を築いていこうとしている。だが、あなたもご存じのとおり、いまだ彼女に悪感情を抱いているものは少なくない。だから、あなたにフローレンスの後見人になってほしい。あなたが後ろ立てにいればそういった人達の感情もいくばくか抑えることができる」
「わかった」
　サキリの提案に、竜は快諾してくれた。もとよりこの階層の守護者であるのだから、今のような現状を彼は望んでいないのだろう。
「すごいなぁ……。若いのに、僕なんかよりよっぽどしっかりしてるわ」
「べつに大したことはしていないさ」
　感心した様子のラプターに、サキリは軽く首を振る。
「それよりも大事なのはこれからだ。これから、竜を後見人として、義勇軍と公正な交渉を何度も続けなくてはならない。ラプター、あなたは、第六階層の人々に、いかにフローレンスが過去を反省し、これから必死に償いをしていこうとしているかをできるだけ多くの人に伝えて欲しい」
「わかったで！　ほな、さっそく活動を開始するわ。最近、なんかやたら物陰から視線を感じるし、僕も復興委員会の人間として顔が知られてきたみたいやからな！　精一杯、復興を支援するで！」
　そう言って、ラプターはまたどこかへ走っていった。
「……最近、やたら物陰から視線を感じる、ね」
　サキリは、小さくそう呟くと、
「……君も彼にそんな熱い視線を投げかけている人物の一人なのかな？」
『！？』
　物陰にいる黒いローブのフードを目深に被った「何者か」に疑問を投げかけるや否や、ナイフを抜きつつ、そちらに向かって一気に駆けた。
　何者かは凄まじいすばしっこさで逃走するが、サキリはろっこんで空間移動し、先に回り込んでゆく手を阻む。
「もう逃げられないよ。さて、お前は何者だ？　そして、何が狙いだ？　……まあ、予想はついているけど」
　サキリが小さく息を吐くと、
「……にしし。相変わらずおたくのろっこんは敵にまわすと厄介な能力ですねぇ」
　と、ローブのフードの下からはやはり予想通りの顔――骨削瓢の顔が現れた。
「あっしの狙い？　おたくなら、わかっているだろぉ？　あっしが望むのは喜劇。そのためなら、あっしは何度でもこうして喜劇の種をバラ撒くのさぁ……！」
「……！」
　次の瞬間、瓢が目くらましにろっこんで竜巻を起こして、サキリの視界を阻む。
　サキリは素早くもう一度空間移動して瓢を正面に捉えなおしたが、そのときには彼はすでにどこかへ姿を消していた。
「……やれやれ。何を企んでいるかはしらないけれど、やはりこのままじゃ復興は一筋縄には行きそうにないな」
　フローレンスの人々の信頼を勝ち取る戦いは、本当の意味でこれから始まるのだろう。
　そんな予感を抱かずにはいられない、その日のサキリなのであった。

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