【星幽塔】そしてまた『日常』へ｜リアクション

【星幽塔】そしてまた『日常』へ

【第一階層(13)】小さいおっさん(2)

「うわあ」
　フランチェスカの部屋に入った露草の第一声が、それだった。
「深縹さん。どうかこの部屋のことは他言無用で――」
「あ、はい。見なかったことにしマス」
　この伏魔殿に入った者がだいたいそうするように、露草もまたこの景色は見なかったことにすることにした。世の中には知らない方がいいこともある。
「では、そちらの長い髪の方はあちらに積まれた衣類を。そちらのツインテールの方は――」
　露草は、おそらく男性が弄ると具合が悪いであろう箇所の掃除を女性の侍従にてきぱきと指示しつつ、自分はジルベルトとともに当たり障りのない箇所を掃除していく。
　掃除をすればするほどに、得体のしれない摩訶不思議なものが出てきて、まさしくファンタジーだなと露草は思う。
「これはクリームシチュー、デスか？　塔のクリームシチューは黒いんデスねー」
「いえ。元は白でした。○ヶ月放置するとこうなります。おそらく塔の外でも同じではないか、と」
「……」
　慣れているのか、淡々と恐ろしいことを述べるジルベルトに、露草はもう黙るしかなかった。
　そうして、ある程度の視界を確保し、壁や家具の裏などに抜け穴がないことを確認した後、
「それではみなさん準備はよろしいデスか？」
　露草はろっこんを発動する準備をしながら、ジルベルトと女性の侍従達に問いかけた。
「では、行きます。フランチェスカ様の着替えを覗いた者よ、フランチェスカ様の私物を許可なく盗んだ者よ……光れ！」
　露草のろっこんが発動した、その刹那、部屋の机の上で小さな何かが光った。
『！？』
　驚いた何かが１０ｃｍ程その場で飛び上がって、そのままどこかへ飛んで逃げようとする。
「ジルベルトさん！」
「はっ！」
　露草が言えば、ジルベルトの剣閃のごとき虫取り網が閃く！
　そして、
『わっ！　何をする離せ！』
　次の瞬間には、ちいさい、人差し指サイズの小さなおっさんが見事に虫籠の中に捉えられていた。

　＊　＊　＊

　結論から言えば、ちいさいおっさんはサジタリオ城下町の転覆を狙う逆賊でも、ゴンザレスに代わる新たな脅威でもなかった。
『俺は悪くない。俺はただフランちゃんの脱ぎたてのブラとパンティーが欲しかっただけなんや……』
「「いや、悪いでしょう」」
　開き直る小さなおっさん（関西弁）に、露草とジルベルトが声を揃えて突っ込んだ。このおっさん、正真正銘の変態である。
『なあ、あんたも男ならわかるやろ？　こうフランちゃんのちょびっと控えめな胸を盛り盛りと包み込むパット入りのブラと、不思議な痣があるぷりちーなお尻を覆い隠すパンツを追い求める男の浪漫が――』
「「いいえ、わかりません」」
『！？』
　にべもなく首を振る露草とジルベルトに、ちいさいおっさんはまた蚤のように飛び上がって大仰に驚いた。なお、さらっと乙女の秘密を暴露されたフランチェスカはもう顔が真っ赤である。
「……どうやらただのすけべおやじのようですね。フラン様、この者の処遇はいかがいたしましょう？」
「燃やしましょう」
「『！？』」
　ハイライトの消えた瞳で怖いことを言うフランチェスカに、露草とちいさいおっさんは心臓が凍るかと思ったと言う。
　ともあれ、こうして露草の活躍により、城下町で密やかな噂になっていたちいさいおっさん事件は無事に解決を思った。
　なお、そのちいさいおっさんがその後どうなったかは、誰も知らない。