【星幽塔】そしてまた『日常』へ｜リアクション

【星幽塔】そしてまた『日常』へ

【第三階層】アルとレイ（２）

　レイリー・マクティーラは、わずかな逡巡を滲ませた後、ずっと言おうとしつつ、言えなかった言葉を口にした。
「１３階層でのアレのことだ」
　まだ何か言いにくそうにしているレイリーに、アルレッテ・ザメニスはいたずらっぽい微笑を浮かべて、
「アレ、とは何かな？」
　と訊き返した。
「……っ。お前が囮になったときのことだよ……！」
　わかってるくせによ……、と小さく悪態をつきながらレイリーが自分の髪をくしゃりとかきまぜる。
「そんときも言ったけどよ、本当に心配したじゃねぇか……」
　ぽつり、と零したレイリーの言葉からは、いつもの粗野さがなりをひそめていた。
「ふふ。いつ言って来るかと思っていたけれど、今なんだね」
　アルレッテが笑うと、レイリーがムッとしたように唇をすぼませる。
　それにアルレッテはふっと白い息を漏らして微笑み、
「うん。悪かったよ。レイリーがいなければあんなことはしないよ。……うん、たぶんね」
「たぶんってなんだ、たぶんって」
　呆れた顔でレイリーがアルレッテの額を小突く。軽く。何度も。何度も。その回数が彼への親愛の情を示しているみたいに。
「あはは。痛いよ、レイ」
「笑いごとじゃねぇだろ。そのたぶんだと何かあったら我慢しきれずどうせ似たようなことするんじゃねぇのか？」
「……うん。そういうことも、あるかもしれないね」
　アルレッテは、その問いに正直に答える。彼に、嘘は吐きたくないから。
　それにまたレイリーが何かを言おうと口を開く。
　だが、その唇が言葉を紡ぐよりも先にアルレッテは続ける。
「――でも、レイが側にいない事なんてあるのかい？」
　と、氷結谷の氷のように透き通った笑みを浮かべて。
「……っ」
　その言葉に、レイリーは虚を突かれたように言いかけた言葉を飲み込み、目を見開く。
　やがて、レイリーは降参をするようにその場にしゃがみこんで、たはーと長い溜息を吐く。
「あー……もう、お前はホントそういうとこが――」
　と、そのときにはアルレッテはもう何かに引き寄せられるようにレイリーの後ろに向かって歩いている。
「……って、おい、アル――」
　レイリーは振り返り、そこで言葉を止める。
　アルレッテは、目の前にある、凍土に咲く小さな青い花にひざまずいて祈りを捧げていた。
「……見つけたのか？」
「うん」
　と頷くアルレッテに、レイリーはそばまで行って、その青い花をしゃがんで覗き込む。
「ふーん。こいつが薬になるのか。ただの青い花にしか見えねぇけどな。薬師様は頑張りますねー」
「私にはこれしかできないからね」
　アルレッテが笑って、青い花を採取する。
　それから、おもむろにアルレッテはレイリーに言う。
「所でレイ、寒いんだけど……あたためてくれるかい？」
「あ？　寒いんなら帰りゃいいだろ。ほら、荷物持ってやるから――」
　寄越せよ、と言いかけたレイリーの言葉に、被せるようにアルレッテは続ける。
「うーん、でも、もう少しこの風景を堪能したくはない？」
　その言葉に、レイリーはしばし呆然と固まって、
「……ったく。我儘なヤツだなぁ」
　苦笑しつつ、アルレッテの後ろにまわりこんで、そのひとまわり細い身体を優しく抱く。そして、火傷しない程度に魔火の炎を纏わせながら言った。
「あんまり長いすると身体に毒だからな。……あと少しだけだぞ？」
「うん。わかっているよ。だから――」
　だから、あと少しだけこのまま。
　そのアルレッテの言葉は谷に吹きつける風にまかれて、その場にいるただ二人だけにしか聞き取れなかった。