かくて世界は普遍する｜リアクション

かくて世界は普遍する

３.旧市街の怪奇
　旧市街にある薫風常葉旅館をご存知だろうか。老舗の旅館の小さな噂を若女将のインタビューと共に紹介をしたい。

　――常葉さんは現役女子高生女将だそうで。

　常葉治（以下、治）：はい、学業の傍ら、旅館のお手伝いをしています。

　――両立は大変ではありませんか

　治：そうですね、ですけどどちらも私にとって大切なことなので手を抜くことはしたくありません。

　――それでは、本題に移りたいのですが、『薫風常葉旅館。休憩室に咲く愛の花』についてはご存知ですか。

　治：はい、宿泊されるお客様や従業員の者も噂にするので耳にしております。

　――休憩室とはここのことですよね。確かに綺麗な花が……ええっとなんですっけ？

　治：今日は赤のアネモネですね。あ、紫色のチューリップの日がお勧めです。

　――旅館の方が毎日ご用意されてるのではないのですか？

　治：いいえ、私も含めて誰も知らないのです。

　――なるほど。紫色のチューリップの日に宿泊されたカップルが永遠に結ばれるというのは？

　治：花言葉は『永遠の愛』だからだと思います。ちなみに赤のアネモネは『貴方を愛します』です。

　――常葉さんに愛を囁く方も少なくないと思いますが。

　治：今はお客様にたくさん来て頂けるのが嬉しいかもしれません。是非、薫風常葉旅館にいらしてくださいね。

　以上がインタビューの概要である。そう、薫風常葉旅館の休憩室の縁側にはいつも花が咲き乱れているのだ。それも日替わりで。その花が紫色のチューリップのときは是非カップルで宿泊しに行くとよいだろう。

　常葉旅館休憩室。
　「あー、なんであたしがインタビューの真似事なんざしなきゃならねぇのか」
　テーブルに突っ伏すのは巴である。ラッセルの写真を匿名で投函した後、素知らぬ顔で水口に取材協力を申し出たのである。投稿者と協力者になることで偽装をより強くしようという魂胆であった。そんな巴に回ってきたのが常葉旅館の噂の真相とインタビューというわけだ。
　「ご丁寧に取材用の質問集まで用意しやがって、最後の質問とかセクハラぎりぎりじゃねぇか、なぁ？」
　同意を求めるように対面に座る治に視線を向ける。
　治は２人分のお茶を淹れながら答える。
　「まぁ、旅館の宣伝になればそれはそれでよいので、私はあまり気にしていません」
　「ところで先生はどこ行ったんだ？　一緒に取材に来たはずなんだが」
　巴は緑茶を豪快に飲みつつ、旅館内を見渡す。
　「久保田先生は毎日何が咲いているのか聞いて回っているそうです」
　お茶菓子に花びらを模したおかきを３人分広げていく治。
　「ふぅん、紫のチューリップの日でも目星つけて泊まろうってことなんかね」
　「♪♪～」
　いつのまにか巴の横に没が座っておかきを頬張っている。
　「どんな花が咲いていてもお客様に笑顔になって頂いて、そうして仲を深めて頂けるのが一番だと思うのですけどね」
　そう言うと治は休憩室の縁側に咲く花たちに優しく微笑むのだった。

　「ところで」
　と、巴が話を切り出す。取材用のメモとは別に写真を数枚テーブルに広げていく。
　「なぁ、これをどう思う？」
　「これは？」
　治は写真を１枚１枚手に取り確認していく。それは寝子タブ宛に巴が投函した写真の焼き増しであった。
　ラッセルのろっこんを撮影した部分だけ異様にピンボケしていたり、ネガとポジが反転していたりとさながら心霊写真のような有様である。
　「それとこっちはその写真を撮影した前後に撮ったやつだ」
　さらに巴は写真を広げる。そこにはラッセルは写っておらず、ただの路地裏の写真だった。こちらは綺麗に撮影できていた。
　「あたしの記憶じゃ、ピンボケするような写真の撮り方してないんだけどな」
　嘆くように巴が呟く。
　「よくわかりませんけど」
　そう治は前置きして言葉を続けた。

　「きっと、『フツウ』じゃないからかもしれません」