かくて世界は普遍する｜リアクション

かくて世界は普遍する

　暫くして。
　一行は下山にロープウェイを利用し、夕暮れ少し前には『迷い交差点』があるという九夜山の麓の一角にやってきていた。
　周囲には建物も少なく峠道へと通じるあたりのせいか木々が茂り視界も悪い。少し先にはつづら折りになった山道も見える。
　「確かこの辺りは……、新道ができて廃道になったり旧道化が進んだ地域だったかな」
　「ええ、だからほとんど人が通ることも少ない場所ですね、だからこそ噂が立つのかもしれませんが」
　地図を開きながら呟く水口と案内をする天野。水口は所々で立ち止まりつつ、シャッターを押していく。
　「ここはまだ『迷い交差点』ではありませんよ」
　そう天野が指摘するも水口は首を振って真面目な顔で答える。
　「いやいや、こういうときにそれっぽい写真を確保しとけば今後のネタに使えるかもしれないだろう？」
　「確かに、雰囲気が記事に大事なのもわかりますけどね」
　天野は少し呆れつつも同意する。
　「廃墟探索とまではいかなくともこういう場所好きな人多いよね。酷道とかだっけー？」
　と、美和が口を挟む。マイペースなふわりほどではないが美和は美和でこの散策を楽しんでいるようだった。
　「『迷い交差点』に『ネコガッパ』さん迷ってないかなぁ？」
　「そもそもどこにいるのか、とかそういう資料はなかったのか」
　相変わらずなふわりの調子に刀は思わずため息をつく。
　「流石にヘンテコすぎて、普通の新聞や郷土資料などでまともに取り上げてくれるところなかったみたいでー」
　と、ふわりは祖父の資料や切り抜きの地方新聞の記事などをまとめた薄いスクラップブックをペラペラと揺らす。
　そんな話をしながら、しばらく進むと通行禁止の看板の立ったＴ字路にたどり着く。

　「『迷い交差点』へようこそ」
　案内役の天野が振り返って挨拶するように告げる。ちょうど陽も傾き始め緋色の黄昏が広がり始めていた。
　「確かにここは案内無しじゃ来れないねー」
　そう美和が言いながら辺りを見渡す。
　「なるほど、廃道工事が途中で放棄されたから潰された道もまだ面影が残っているのか」
　納得するかのように刀が指し示す。Ｔ字路の交差点部分には潰されたと思しきもう１本の道が見えていた。その道は草も茂りアスファルトも所々剥げ落ちていたが未だに通れなくもなさそうだった。
　「タヌキさんとかいそうだよー」
　木々の合間を覗き見ながらふわりが歩き回る。
　「黄昏刻の赤い世界と霧による非現実性が失われた道を蘇らせるかのようだ……。いいね！」
　水口は謎の感想を漏らす。

　確かに『迷い交差点』と呼ばれる三叉路はそれらしい雰囲気を持っていた。
　それは廃墟のようなうら寂しさから来るものなのか、それとも霧と夕暮れが織り成す幻想なのかは分からない。
　なんとなく場が静けさに包まれそうになったとき。

　「あ、『ネコガッパ』！」
　と、ふわりが突然叫び、Ｔ字路の先の廃道部分へと走り出す。
　「ちょっと！　ふわりちゃん！？」
　つられて美和が追いかけ出したのを見て全員が追従する。
　「だってあれきっと『ネコガッパ』だよー！」

　……その後、帽子を被った黒猫を捕まえたふわりと合流した一行は山の中で１時間ほど道に迷ったという。

　『迷い交差点』にて珍獣『ネコガッパ』に遭遇。その正体を確かめるべき追跡を試みた取材班だが、『迷い交差点』の特殊性なのか『ネコガッパ』に化かされたのか我々は山中にて彷徨うこととなった。『ネコガッパ』の写真もあるのでご覧頂きたい

　そう書かれた記事の下にはピンボケした黒い猫の写真があった。その猫は頭に帽子らしきものを被り、見ようによってはカッパのように見えなくもない。ただしこの写真が真に『ネコガッパ』であるかどうかは疑わしいというのが多くの読者の感想でもあった。