かくて世界は普遍する｜リアクション

かくて世界は普遍する

５.かくて世界は流転する

　後日、とある喫茶店に水口以下取材班の面々は集まっていた。
　明治か大正期の異人館を改装したそれは独特の雰囲気と広々とした空間を持っていて大人数で入店しても問題のないスペースがあるようだ。
　取材協力のお礼ということで、水口の奢りであるらしく、寝子島高生たちも美和も好き勝手に注文をしている。
　どうやら、仮原稿の段階で編集長からは給料８割カットから半分に許してもらえたらしいという。
　タルトや四月を中心に絵を描いたりして（もちろんバイト料は出るらしい）、この場で原稿の仕上げと編集を行っている。
　
　「むふふ、やっぱり水口さんの総受けもいいよねー」
　四月は『ドッペル少女』の挿絵を描きながら何かを妄想している。

　「ペンネーム、チェシャ☆でお願いしますね。いつでも必要でしたら絵を描きますし、お仕事引き受けますからねー」
　と言いながらタルトは『化けカナリア』の絵を描いていく。もちろん変装したラッセルの姿も微妙にぼかしながらである。

　「あの、私も呼んでいただいてよかったのでしょうか」
　遠慮しがちに紅茶を飲んでいるのは治であった。巴の機転により、寝子タブに広告を小さいながらも載せるということになり、その打ち合わせも兼ねているようだ。

　「♪～」
　甘いところがあればいつのまにかいる、そんな没は誰かが頼んだパフェを突っついていたりして。

　「この間、三夜湖で撮った写真、ほらここに変なものが写りこんでいないかい？」
　「！！？」
　「ええええ！？」
　天野が取り出した写真には刀とふわりが写っており、そこに乱反射した白い光のようなものが２人の姿を切り裂いていた。
　没は生クリームを口に詰め込んだまま咳き込み、大福は椅子から転げ落ちそうになっている。

　「何かしら仕込みでもしたんだろう」
　「あら、また撮りましょうねー」
　冷静な刀と、相変わらずなふわり。

　「給料の８割カットから、半分。５割カットで済んだのかそれとも残った２割をさらに半分にされたのか……」
　文月はふと気付いたように考え込む。編集作業の合間にも水口が何か疑問を持ったときは嘘をつこうと身構えながら。

　「あ、おねーさーん、追加注文いいかな？」
　と、レトロなオールドスタイルのメイド服に身を包んだ女性店員に声をかけるのはラッセルで。
　「猫と散歩と喫茶店～。……ぐぅ」
　その横で水月は眠っている。

　喫茶店にてわいわいと騒ぐ面々を横目に、カウンター席で優雅に砂糖とミルクをたっぷり入れた珈琲を飲んでいるのは上穗木千鶴であった。
　その低身長に似合わぬトランジスタグラマーな肉体と黒髪で目元を隠した姿が特徴的だ。
　両手でカップを抱くようにして彼女はカウンター正面に立った人物に声をかける。
　「ね、店長。寝子島の伝説って本当なのかい？」
　店長と呼ばれた背の高い若い女性は笑顔で千鶴の質問に応える。テールコートをアレンジした衣装とその佇まいから女性執事と言えるような風格があった。
　「噂や伝説の類というものは人の心が映し出す鏡のようなものなんですよ。人の心が望むようにそこに物語があります」
　哲学的な返事をされて、千鶴は話の切り口を変える。
　「でも、貴女は『らっかみ伝説』に詳しいって聞いたけど」
　「そりゃあ、寝子島に伝わる一番の昔話といって差し支えないものですし」
　なんとなくはぐらかされていることを肌で感じつつ、千鶴は間を置くように珈琲をスプーンでかき混ぜる。

　「ご納得頂けませんか？」
　「そりゃあ、ね」
　沈黙。店内を小洒落たピアノジャズが流れているが、取材班の喧騒に飲み込まれていく。

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