海神の庭にて｜リアクション

海神の庭にて

「とゆわけで」

　ウミコーギーの顔を見ていた月詠は、習作に先ずはひとつ作ってみるかと思い目を閉じた。思い浮かべるのは、ウミコーギーの姿……ではなく、上半身がコーギー、下半身が魚の、名付けるならばコーギー魚となりそうないきものだ。

「新しい海に、仲間が生まれました。そんな感じ」
「おわあ」
「僕たちとそっくりなのに、僕たちとちがう」
「上手くいったようだな」

　コーギー魚を見ては驚き、簡単な声を上げるウミコーギーの様子を月詠は満足げに眺め、続けて目を閉じた。今度はいきものというよりさらに大きなものだ。月詠は瞼の裏に、今自分が足をつけている底を見た。そこに山が生まれーーさらに、バナナやパイナップルなどの熱帯植物で構成されたジャングルが生い茂り、岩場には、地上に咲く花のような形を持った鮮やかな珊瑚やイソギンチャクが花開いた。それだけではない。海には少々不自然なーーとフツウならば思うような小さく、その声は美しく響き渡る小鳥が、月詠によって創り出され、その青い水の中を飛んでは歌っている。

「きれい〜〜！」
「地上の山や森をイメージしてみたが、どうかね」

　コーギーの反応を見つつ、月詠は次に創るものの構想を練り始めた。

「飼い主ーーですか」
「ここで新しい飼い主さんに出会うなんて、なんだか不思議です」

　甲斐斗の提案を聞いたウミコーギーたちは、どこか遠い世界の話を聞く時のようなぼんやりした表情ーー彼らが人間であっても、そんな表情をしていただろうーーをしていた。しかし嫌がるそぶりはなく、むしろどんないきものが自分たちの新たな飼い主となるのか楽しみな様子で、その頭は皆揃って横へゆうらり、ゆうらりと揺れている。甲斐斗はそれを承諾の証と受け取って、ゆっくりと目を閉じた。

「僕たちの新しい飼い主さん、どんな人かなあ」

　甲斐斗を待ちながら、ウミコーギーたちは口々に自分の思い浮かぶ飼い主像を語っている。甲斐斗はそれを聞きながら、暗闇の中に、ひとりの美しい女性ーーその肌は陶磁器のごとく白く滑らかで、髪はサファイアだ。光によく透き通り輝く、蒼玉だ。女神の如き麗しさを持ったその姿。海の環境に適応させるには、人魚が良いだろう。甲斐斗は考えた。その鱗は七色に輝き、その先端に生えている尾びれは絹のごとく。甲斐斗はこの緩やかに流れる時間を惜しむことなく創造に使った。

　月はちらり、ウミコーギーを見て口を開いた。

「まずは君たちの服を作ろうかな」
「わあい」

　喜ぶウミコーギーたちの前足に、月は先ほど作ったばかりのペンのようないきものを握らせた。そして今度は一匹一匹、じっくりとウミコーギーたちを見て、その似通った外見に着せるならば色違いの服にしようと考える。それを月が伝えると、ウミコーギーたちは目を輝かせた。

「虹色のお洋服」
「すてきです」
「どうも」

　ウミコーギーたちは前足に握ったペンを岩場に滑らせて、好きなようにデザインを描いていく。しかし、それはデザインというより子供の落書きのよう。月はそれを参考にしながら手を動かし、その美しく繊細な指でウミコーギーたちの拙い絵を立派なデザイン画に仕上げた。色とりどりの糸がいきものによって紡がれ、それがまた別のいきものによって模様のついた布に織り上がる。

「失敬」
「ひゃっ！？」

　ウミコーギーの身体が、月の手で測られる。足の長さ、胴の長さ、太さ……それをハサミに伝えれば、布は適切なサイズにカットされた。

「すごーい！」
「何が出来るのでしょうか」

　細い針が、七色の布の中を泳ぐ。一つ一つ、細かい作業を積み重ねて一着の服が出来上がった。

「出来た！」

　月は出来上がった服を眺めては、コーギーの身体に当てる。イメージ通りだった。

「着てみてもいいですか？」
「もちろん」

　おずおずと月の顔色を伺うコーギーたちに対して、月は力強く頷いた。