海神の庭にて｜リアクション

海神の庭にて

　赤、青、緑……それぞれ色違いの服に袖を通したウミコーギーが、ずらりと並んでいる。月は腕を組んでそれを見ていたが、思うところがあったのか、組んでいた腕を崩して彼らの頭を撫でた。何か物足りない。月は新たに帽子を作って彼らに被せる。そうするとどこか収まるべき場所に収まった安心感が出た。

「似合ってますか」
「ああ」

　月はもう一度全体像を確認して、こくりと頷いた。その時、突然月の横を象の群れが通り抜ける。大きな耳のようなヒレをはためかせて海を泳ぐ象。その一つに月詠が乗っているのを見た月は、月詠の残像を見るようにその空間を茫と眺める。

「ひゃあ、びっくりしましたねえ……月さん？」

　月はハッと我に帰り、コーギーを見た。

「後を追おう」

「よし、ここだ」

　月詠は未だ何も作られていないところまで象を進め、降りた。その後をウミコーギーがせっせと泳ぎ追いつく。その上を、マッコウクジラのような象の群れが、月詠を置いて自由に海中を羽ばたいていった。月詠はウミコーギーが側に来たのを見て取ると、彼らにこう言った。

「そろそろ君達も創造してみてはどうかね」
「た、たしかに」

　我々は元はと言えばコーギーに課されたものを手伝っているに過ぎない。月詠はそう言った上で、手本を示すべく新たに日本家屋をそこに建てた。そして、こう促す。

「元々住んでいたであろう世界をイメージするのだ」

　月詠の言葉を受けて、ウミコーギーたちはいっせいに目を閉じてうーんうーん。唸りながらその頭に元いた世界をイメージする。ウミコーギーたちが瞼を開けるごとに、月詠が建てた家屋の外に庭が生まれ、ヒマワリや朝顔が生える。家屋の中には家具が増え、縁側も作られた。
　ウミコーギーたちが順調に創造を進めるのを観ていた月詠は、自らの後方に気配を感じて振り向く。そこにはパステルカラーのクッション状の雲が、ぷくぷくとどこかにある口から泡を吐いていた。そのいきものの上には、月の姿がある。

「君か」

　月詠もその口から息とともに泡を吐く。月はいきものの上から降りて、月詠に歩み寄った。ふたつの月が海の青に白銀の髪を揺らめかせている。相対するルビーの瞳が絡み合った。

「ちょうどよかった、合作でもしないか」
「うん」

　月は頷いて、泡を吐く。

「せっかくだから水着がいいな」
「仰せのままに」

　つくられていく日本の風景を背に、ここに出会ったふたりの芸術家はそのペンを走らせる。

「ずっと動かないね」
「だいじょうぶかなあ」

　甲斐斗が創造を始めてから、もう何時間も経っていた。まったく微動だにしない甲斐斗の周りを、ウミコーギーたちは声をひそめて泳いでいる。甲斐斗の中で作り上げられる女神は、つくられる上で一切の妥協を許さない。頰と唇は艶やかな林檎のように紅く――見た目だけではない。その中身、その頭脳はコーギーたちを慈しみ、また自らも創造ができるほどよく学ぶ。あれを入れればこれが損なう、あれを抜けばそこが損なう。完璧な女神像を描くのには随分と時間がかかったが、甲斐斗はとうとう納得のいく姿を映し出せたのか、ゆっくりと目を開けた。

「さて、どうなりましたか……」

　甲斐斗の目の前に現れたのは、想像のまま、いやそれ以上に美しいと思うほどの美女だった。美女はウミコーギーたちが側に寄っていることに気付くと、その身体をやさしく撫でる。甲斐斗はその美女を見ながら、ふと、あることを思い口を開いた。

「そういえば、海神様という人物は男性なのでしょうか」
「さあ……よくわからないです」
「でも綺麗ないきものは好きですよ」

　ぷかぷかと美女と戯れるウミコーギーを見ながら、甲斐斗は彼らが、海神がもううちのこではない、と言い出せないほど魅力的な海を作り出せることを祈りつつ――その背を撫でた。