魔王再臨～Komm, du süße Todesstunde｜リアクション

魔王再臨～Komm, du süße Todesstunde

●世よ、汝の喜びはわが重荷なり～Welt, deine Lust ist Last　side:A

　数多の種族が住まうまかいの中にあって、世界樹の森は何物も侵す事の出来ない聖域だった。その森の中心にそびえる世界樹は、まかいに魔力を満たす役割を担っているとされ、まもの達にとって信仰の対象となっていたのだから。
　――だと言うのに。恐れを知らぬ火の山の竜たちは、無情にも大樹を焼き払おうと空を旋回している。
「い、いったい何が起きたんよ！？　とりあえずみんな逃げるぞ！」
　黎明の空に不吉な黒煙がたなびく中、森に住まうまものの霧谷朧は、獣の蹄を蹴って力強く大地を駆けていた。巨鹿のものを思わせる彼の角は、鳥たちの止まり木のようになっていたのだが――其処で羽を休めていた彼らも、森の異変に怯えて寄り添っている。

「炎の来ない洞窟とか、シルフのいる神殿なら匿ってくれるはずさね！」
　己の掌に留まる青い鳥に、急いでここから離れるように告げると、朧は逃げ遅れた者が居ないか辺りを見回した。すると、そんな彼の目に飛び込んで来たのは、何処か茫洋とした様子で森に立ち尽くしている、まものの少女――恵御納夏朝だった。

「……ここは、世界樹の、森？」
　――豊かに波打つ髪と虚ろな瞳は、どちらも鮮やかなまでの翠。一見森の住人にも見えるが、彼女の生やす角は海底の珊瑚を思わせる美しい形をしていた。
「つちねこさん、可愛い……」
　其処で茂みからひょっこり顔を覗かせたまもの、猫つちのこを目にした夏朝の相貌が、微かに和らぐ。差し出した自身の手に、頬を寄せる猫つちのこ――つちねこさんのことが気になるのだろう。夏朝の周囲を漂う眷属の『ねこにまりも』達も、何だか嬉しそうだ。
「……まおう、さま？」
　――けれど何故だか、不意にそんな言葉が零れて夏朝自身も不思議がっていたけれど。直後、近くの木々に火球が直撃して、どぉんと激しく森がざわめいた。
「あああ、危ないさ！」
　猫つちのこを抱きしめたまま、ふらりと崩れ落ちそうになる夏朝を咄嗟に支えた朧は、炎に包まれていく森を目にして歯を食いしばる。このままではいけない、と動こうとした二人の元へ、その時ふわふわの毛を靡かせたわんこが近づいてきた。
「はわー！　待ってくださいホンタくん！」

　その後ろをのんびり追いかけてくるのは、ドリアードの狗民きとりであり――その見知った森の仲間の姿に、朧の緊張がようやく解けていく。
「狗民ちゃん！　……っと、森に何が起きたか分かるか？」
「そうですね、ホンタくんが色々走り回って調べてくれたんですけど」
　そう前置きしてきとりが説明するには、突如として森に竜と死者の軍勢が押し寄せ、世界樹を目指して破壊活動を行っているとのこと。森のまもの達はこの事態に慌てふためき、成す術も無く蹂躙されようとしている――。
「……ったくなんで竜が。どうして俺らがそれに巻き込まれなきゃいけないんさ！」
　この侵攻が、魔王継承の混乱に乗じて死者の女王が起こしたものだと知った朧は、怒りを露わにして叫んでいた。元々は海底遺跡を彷徨っていたのだと言う夏朝も、迷い込んだ森で起きた騒動に拳を震わせ、三又の杖を手にきっぱりと告げる。
「つちねこさんや、森や、皆をいじめるの……許さ、ない！」
　よし、と三人は顔を見合わせて頷いた。皆の目的が同じなら、もっと頑張れる――可愛いしもべと一緒にきとりは、意志の強さを秘めた瞳を輝かせて拳を挙げる。
「今、この場所をできるだけ守りたい。それが私を動かしたパワー！　誰も平和な生活を脅かす権利なんてないのです！」

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