Bloody Night:Deadly Twin｜リアクション

Bloody Night:Deadly Twin

■法の最終列車に乗ることはない。切符を持っているのなら、次の列車を待ち続けることもできるのだ。
　さわやかな朝。鳥の鳴き声がする。
　レースのカーテンを抜いて陽光のさすベッドよ、きみは心地よいか。
　電熱器に発酵した小麦粉を挟み込み、じりじりと焼かれる様を見る。
　電気ポットで沸き立つ冷水だったもの。
　かくして朝鳥さゆるは、そのすべてに手をつけることなくジャケットを手に取り、家の外へと出て行った。

　世界は愛にあふれている。
　かつて愛されていた筈のさゆるには、それがよくわかった。
　道行く人々を見よ。
　仲むつまじいカップルが、手を繋いで頬を寄せ合っている。
　若い母が小さな子供を膝の上に座らせている。
　少年が父親キャッチボールをして遊んでいる。
　目を細めて、もう一度見よ。
　仲むつまじいカップルが、手を繋いで違いの脇腹や胸にナイフを突き立て合っている。
　若い母が小さな子供を膝の上で絞殺している。
　少年が父親を金属バットで殴り殺している。
　ああなんと愛しい光景だろうか。
　愛故に与えあい、愛故に奪いあう。
　さゆるにも、あんな相手がいただろうか……。

　裏路地。
　中年のサラリーマンを引き込み、ネクタイを掴んで膝をすりあわせる。
　体勢を入れ替え、壁に背をつけられる。押しつけるような視線と息づかいに、さゆるは冷たい目を向けた。
　ネクタイを掴んだまま、そしてナイフを押し込んでいく。
　暴れる相手。強く引き、捻るように押し込む。
　崩れ落ちる相手をうち捨てて、さゆるは血まみれの服を払った。
　着替える必要があるだろうか。
　道行く人々はみな血まみれだ。
　先程のカップルが通りかかる。夜も近いというのに身を寄せ合い、次はどんな風に殺し合おうか楽しげに語らっている。
　さゆるはもう一本のナイフを抜き、カップルの間を文字通り引き裂くように切りつけた。
　手首を切断される男。頸動脈を切断される女。
　悲鳴をあげて倒れ、もがく二人。
　それをじっと眺めながら、さゆるは血のかかった口元をぬぐった。
　この町では誰も殺人を咎めない。
　パンを囓るように、水を飲むように、死は正しきことの一部となった。
　男女は性行為のように互いを殺し合い、親子は家族の語らいとして殺し合う。
　そしてさゆるは、無関係の誰も彼もを、形容できない無味無臭のなにかとして、殺し続けていた。
「救われぬ、死だ」
　背後で声がした。
　ぼろいコートを纏った男がひとり。
　彼の名を、ヨハン・プレストン。町で有名な『救世主』である。
　もっとも、彼の自称だが。
「死は救い。生は苦しみ。私は、君を救いに来た」
　さゆるは懐から拳銃を抜いて二連射。
　それをあろうことかナイフで打ち弾くと、ヨハンは風のようにさゆるへと飛びかかった。
　ナイフで応戦。だめだ、あまりの速さにさゆるの腕のほうがへし折れそうだ。
　しびれた手からナイフが飛び、遠い地面を回りながら滑っていく。
　そしてナイフがさゆるの首に届こうかという所で、ヨハンは自らの手からナイフを放り落とした。
「――」
　何かを言う暇など与えない。
　首を掴み、振り上げ、振り回し、頭から地面に振り落とす。
　万力のような、もしくはチェーンカッターのような力で首を締め付けるヨハン。
「殺されろ。そして、殺せ。苦しめば苦しむほどに、私たちは救われる」
「――」
　返答など許さない。
　振りかざした手刀が彼女の胸に突き刺さる。
　心臓の側面を撫でる感触。
　まさぐる感触。
　官能のごときしびれが背骨を伝って脳へと登る。
　心臓を握りつぶすのと、首の骨をへし折るのは同時だった。
「救われろ。満たされることのない欲望の瓶に、永遠に血を注いでゆけ」
　ゆらりと背後に現われるさゆる。
　ヨハンは美しく笑い、彼女の欲望を受け入れた。
　まるで永遠のように。
　まるで神話のように。
　互いを満たし、満たされてゆく。
　これを、愛と呼べる。

このページにイラストを設定する