アナタの中のコドモの自分｜リアクション

アナタの中のコドモの自分

◆素直になりたい
　またやってしまった。
　千種智也は後悔に身を苛まれながらシャツの釦を留めていた。特有の気怠さが支配する空間、物音に視線を移すとロベルト・エメリヤノフがベッドの上で暢気に寝返りを打っている。それが余計智也を苛立たせた。小さく舌打ちしながら、着替えを終えた智也は何も言わず部屋を出る。しかしドアの軋む音がロベルトの耳に届いたのか、冗談めかした声が智也の後ろから聞こえた。

「もう帰るの？」
「別にいいだろ」

　返す智也の言葉は冷たいが、ロベルトは特に気にした様子もなく枕に顔を埋めている。知人とはいえ他人の家だろうに、と智也は呆れながら付け加えた。

「……予備校あるんだよ」
「なら仕方ないか」

　ロベルトもロベルトで智也を本気で引き留める気はないらしく、その言葉を聞きながら寝返りを打つ。
　そうして部屋に一人残されたロベルトの穏やかな午睡は、その背に伸し掛かった闖入者によって遮られた。

「やだ！　まだ遊びたい！　ここにいる！」

　伸し掛かられたロベルトの悲鳴と、子供の声に振り替える智也が見たものは、自分とよく似た姿をした子供である。それだけではない、ソファでごろごろと寝そべる子供もいた。そちらはロベルトによく似ている。ロベルトは上からの重みに呻きながら、自分の上に乗ったものに向かって抗議の声を上げた。

「千種！　なんなんだい！？」
「知るか」
「……あれっ！？」

　てっきり智也と思っていたそれが智也でないことにロベルトは驚き、がばっと起き上がる。その衝撃で床へ落ちた智也そっくりの子供が、痛みに大声を上げ泣き喚いた。その声を聴いた智也が慌ててベッドへと戻り、その子供の口を塞ぐ。その行動の異常さのあまりロベルトは言葉を失ってその様子を眺めるしかなかった。
　その手が退けられたのは、泣き声が止まった後。解放された智也そっくりの子供は、ロベルトを強く抱きしめてその胸に顔を埋めてすりすりと密着する。ロベルトは美少年に求められることを喜びつつも、暫く経っても離れないのを見て段々困り始めた。

「困ったなぁ……予備校？　僕もついてっていい？」
「駄目だ」
「おそとやだ……」

　ロベルトの言葉は、智也によって冷たく断られる。子供の智也も、ロベルトの服の裾をきゅっと掴んでいやいやと首を振った。ロベルトはその可愛らしい様にきゅんっとなるも、どうしたものかと唸る。自分に似た子供は与えたスケッチブックに絵を描くだけで大人しくしているが、智也に似た方はそうもいかない。

「家の中で遊んでたい……皆に見られないでこういうことできるでしょ？」
「は、はわわ……」

　理想の美少年そのものの子供にぎゅっと抱き締められ上目遣いで見られたロベルトは、理性が吹き飛びそうになるのを必死で抑えている。智也そっくりの子供もその反応を面白がるようにより密着した。智也は呆れたのか溜息を吐く。

「馬鹿馬鹿しい……俺は知らないからな」

　そしてもう一度、玄関へ向かった。こんな茶番に付き合っていられないとでも言うように、靴を履いて扉を開ける。しかし智也を待っていたのは、爽やかな春の景色ではなく、突然回る視界と暗転、脱力感だった。
　鈍い音がしたことに不審に思ったロベルトは、智也そっくりの子供と、自分に似た子供を連れて外に出る。

「お、おい……千種？　千種！！」

　玄関を出たロベルトが見たのは、その場で倒れている智也の姿だった。揺さぶってもその瞼は開かれることはなく、しかし息はあることが分かる。苦しそうにも見えない。どうしよう、とロベルトが困惑していると、子供は口を揃えて言う。

「このお兄ちゃんは、ベッドに寝かせておこうよ」
「しばらくしたら、起きるよ」

　本当にそうなのだろうか……。ロベルトは悩んだが、そのままにしておくわけにもいかない。仕方なく子供たちの手を借りて、倒れている智也をベッドまで運んで、寝かせた。

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