アナタの中のコドモの自分｜リアクション

アナタの中のコドモの自分

◆あの頃の情熱をもう一度
　朝がやってきた。一部の会社員や学生にとっては訪れてほしくない、朝。学校や会社に行かなければならない、そんな重みと共に布団から起き上がる、朝。
　しかし、最近晴れて会社を辞め、無職となった河嶋ちせにとっても、朝というのは憂鬱なものであった。行き当たりばったりで生きてきたこの人生、未来が見えないのは今に始まったことではないが、最近は尚更そう感じる。寝ている時間だけがそのことを忘れさせてくれる、幸福な時間だった。
　バイトがないことを思い出すと、ちせは二度寝するべく布団に潜り込む。だらだら、ずるずると布団で過ごす緩やかな時間。
このまま入眠！　とまで行ったところで、ちせは子供の声に起こされた。

「えっ誰？」

　慌てて起き上がると、そこに居たのは子供時代の自分そっくりの子供。突如陥ったこの状況に、ちせは困惑するばかりで、あれこれ考えた末に現実から逃げようと布団を被りなおす。

「本読みたいんだけど、お姉ちゃんの部屋よくわかんない。どこ？」

　布団は子供の手によって捲られ、ちせは夢に逃げることすら出来なくなった。本といっても、ちせの部屋にあるのは漫画ばかりである。子供の求めるような本は一冊もなかった。

「すみませんねぇこの部屋には漫画しかなくて……よそにお行き」

　ちせがそう言うと、子供は大きな瞳に涙をいっぱいにためて今にも泣きだしそうな様子を示した。ちせは、えっほんと何……？　といった調子で、しかしこの場で泣かれても困るといった打算もあり、ある提案をすることになる。

「と、図書館行こうか！？」

　しょうがない。ちせは内心肩を落としつつ、子供を連れて玄関へ向かった。出る前に、とちせは祖父と祖母のいる部屋の前まで行き、

「あーちゃん、じじちゃん、ちょっと今日出かけてきていい？　店番できなくてごめんね」

　と告げる。二人の優しい声が部屋の中から届いたことに安心しつつ、ちせは子供と一緒に外に出た。眩しい日差しがちせの目につらい。子供の妙にわくわくした雰囲気も今のちせには眩しくてつらかった。

　図書館に着いたとたん、子供は本をひとつひとつその手に取って、夢中になって読み始める。最初のうちはちせも待てたのだが、尽きることのない子供の興味は一冊読み終わればまた一冊と続いて、暫くすると退屈になってきた。これだけ本があるのだから、とちせも本棚から一冊抜き取ろうとする。
　頭に浮かんだのは、最近ハマっているゲームのお気に入りのキャラクターの元ネタにあたる小説だった。才能を持つ若き歌姫に執心する、醜い怪人の物語。演劇や映画の題材にもよくなっているそれは、有名ゆえか探そうとすればどの図書館にも見つけることが出来る。この図書館にも、それはあった。ちせはそれを手に取って、子供の隣に座り読み始める。

　――頭が痛い。
　数十分後、活字の海にギブアップしたちせは本を置いて、目頭を押さえた。元々が普段親しむ機会の少ない海外古典、しかも分厚い本なのだから、無理もない。昔はこれくらいならすぐ読めたんだけどな……。そう思っても、久々に触れる活字はちせには刺激が強すぎたようだ。

　隣の子供はもう一冊読み終えていて、その内容を色々とちせに話して聞かせている。その話を興味深く聞きつつ、ちせはどこか寂しい気持ちに襲われた。
　――……あの子は本当に楽しそうだわ。
　ちせも昔は、読みたい本も、やってみたいことも、探せばすぐ見つけられた。しかし今となってはやる気とか情熱みたいなものは、その心に見つからない。といって、ずるずると惰性で生きるのも厭う。終わりの見えない感情は、緩やかな時間と共にちせに流れ続けていた。