ネコの気持ちが知りたいな！｜リアクション

ネコの気持ちが知りたいな！

　猫鳴館に宛がわれた部屋で綾辻綾花は着替えを済ませた。薄手のパーカーに薄茶色のハーフパンツを合わせる。
「あとは……」
　机の上に置かれた小ぶりのメモ帳をポケットに収めた。他に必要な物を目が探す。
　ベッドに光る物が乗っていた。丸い輪で猫の耳に似た突起があった。綾花は近づいて手を伸ばす。横から飛び出したクロワが口に咥えた。
「急に、どうしたのクロワ？」
　何も答えない。開いた窓から外に飛び出した。
「クロワ、待って」
　慌てた綾花が窓から顔を出すと、クロワはお座りの姿で見上げていた。
　――どこかに案内してくれるのでしょうか。
　綾花は急ぎ足で部屋を出た。
　一人と一匹は鬱蒼とした木々を抜けていった。

　クロワは旧市街の入り組んだ道をゆく。足取りに迷いがなかった。
「まだ、ですか？」
　イヤーカフスを咥えた状態で、にゃっ、と短く答えた。足を緩めて左へと曲がる。
　前方に着物姿の人物が歩いていた。クロワは急に走り出す。その勢いで相手のふくらはぎに飛び付いた。
「おや、変わった猫ですね」
　銀髪の人物が顔を傾ける。その横顔を目にした綾花は驚いた表情を見せた。
「銀さん、ですよね？」
「お久しぶりです。財布の一件以来ですね」
「そうですね……また悪戯ですか？」
　躊躇いながらも綾花は口にした。問われた人物、油屋銀は自身の後頭部に手を当てた。
「悪戯ではありませんよ。ちょっとしたプレゼントです。イヤーカフスを耳に装着すると、猫の言葉がわかるようになります。一日限定ですが」
「もしかして、クロワの咥えている物が、そうなのですか」
「そう、これがプレゼントです。今日という日を楽しんでください」
　突然に風が吹いた。綾花は目を閉じて遣り過ごす。
「銀さん？」
　静けさの中、目を開けると姿はなかった。旋風に紛れて掻き消えたようだった。
　綾花はクロワからイヤーカフスを受け取った。猫を模したデザインに笑みが零れる。
「銀さん、ありがとうございます」
　可愛らしいデザインに笑みが零れる。早速、耳に装着した。
『みんなに会いに行こう』
　クロワは歩き出す。綾花はうきうきした様子で付いていった。
　普段は歩かない道を通って道の突き当りにやってきた。すでに数匹の猫が集まっていた。クロワは堂々とした様子で加わる。
　綾花は話が聞き取れるくらいの距離で待機した。持参したメモ帳を手に取る。シャープペンシルを握り締めて会話に備えた。
　少し太ったサバシロの猫が一同を見回す。
『今日はエサ場について聞きたいと思う』
　サバシロは前脚を一匹の白猫に向けた。
『えっと、この近くの公園で、丸っこいおばあさんが、エサをくれる』
『ボクも貰った。煮干しがおいしかった』
『たまにおじいさんがきて、カリカリのエサをくれるよ』
　次々と言葉が足された。
　話を耳にした綾花はメモ帳に素早く書き留める。
『なるほど、ブランコがある公園か。オレはグルメだから早朝の魚屋を回っている』
『どこの魚屋？』
『ワタシはウオカツー』
『ボクもウオカツだよ』
　二匹の猫は顔を見合わせて、だよねー、と声を合わせた。
「……参道商店街の魚勝さんですね」
　綾花はメモ帳に急いで書き込む。
『他にエサ場の情報はないのか』
『綾花ちゃんが、なんでもくれるよ』
　その声を聞いて手が止まる。綾花が見た先にはクロワがいた。
　サバシロは考えるような素振りを見せる。
『それは誰のことだ？』
『あそこにいるよ』
　クロワは前脚を綾花に向けた。猫達は一斉に目を注ぐ。
「あの、こんにちは」
　クロワが走り出す。その場にいた猫達も釣られた。綾花は咄嗟にしゃがんで腕を広げる。
　猫達は綾花に全力でじゃれつく。本人は笑顔で受け止めた。突き出される頭を均等に撫でる。空いた手で煮干しを与えた。
　――やはり猫さんは可愛いですね。
　時間が許す限り、綾花は猫達と付き合った。

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