「今日は部活お休みだし、どうしよっかにー？　帰る前にケーキでも買おうかなーそれとも……」
　鼻歌交じりに通りがかった七音 侑は、クマを中心に巻き起こる惨劇に「あや？」と足を止めた。

　ぱっちん！　ぱっちん！！　ぱっちん！！！
　四方八方から、飛び交う、輪ゴム、輪ゴム、輪ゴム……！

「……輪ゴム？　にゃはー、輪ゴムで遊ぶに！」
　手足をぴょんぴょんさせながら、侑はそこかしこに転がる輪ゴムを拾う。
「でもその前にー、ピロりーん☆」
　クマの雄姿を、写メにもばっちり撮って。その出来に、にゃふーと目を細める。
「にゃはー♪　ぱっちんぱっちん輪ゴム戦争にー！」
　次々に、ぱっちん☆　拾っては、ぱっちん☆


「はう、なんだか騒がしいのです。何かあったのでしょうか～？」
　続いて現れたのが、今日はりぃちゃんモードの葛城 璃人である。
　きょとんと周囲を見回す璃人の前で、輪ゴムをぱっちんぱっちんしている、楽しそうな侑。
「……うん？　輪ゴム、なのです？？」
　恐る恐る手を伸ばした璃人の中でも、何かが弾けた！
「あははははっ！！　楽しくなってきちゃったのですよー！」

　ぱっちん！　ぱっちん！！　ぱっちん！！！

「食らえ、マジカル☆シューティングスター！」
　ハニーブロンドの髪を揺らして、ちょこんと膝を折ってウィンク。
「うにっ、りぃちゃん、かっわいいー！　こっち向いて、ピロりーん☆」
「はーい♪　こうですかー？　ピロりーん☆」
　指鉄砲でポージングしながら、璃人は振り返って、侑のリクエストに答える。
「にゃはっ♪　かわいく撮れたにー」
「どれどれ。おぉぉー、いつも撮ってるだけあって、さすがの腕前ですねー！　アングルが、絶妙ですっ！」
「ほ、ほんとう？　きっと、モデルが良いからなのにー」
「じゃあ、両方最高って事で☆」
　侑がこくこく頷いて、二人は同時にふきだした。



「今日は、ひびきちゃんと一緒に、温水プールに行くんやー♪
　すぐに泳げるように、休み時間に水着きといたんやでー。楽しみやなー」
　西野町 かなえは仲良しの、天馬 ひびきに腕を絡めてやって来た。
　仲睦まじく、じゃれあう少女達。まことに好ましい。
「私もー、下に着てきちゃった」
　だ、そうである。
「あや？　なんや中庭の方がさわがしいなー？　ちょっといってみよかー？」
　ひびきの手を引いて、駆け出す かなえ。
　ポリリとクッキーを齧っていた ひびきは、渡り廊下の騒ぎに、危うくクッキーを落としそうになった。
「皆どうしたの？」
「皆、熊せんせーと遊んでるんかー、楽しそうやなー」
　唖然とするひびきとは対照的に、輪ゴムを視界に納めた かなえはうずうずしている。
「……うー、うちらも入れてー！」
　かなえが、とうとう誘惑に負けた。
　濡れないように、ジャケットとベストを手早く畳んで、鞄の中へ。
　渡り廊下を飛び出していく。
「私も私もー！　急にワゴムぱっちん、したくなっちゃった」
　ひびきも、かなえの後を追った。

「ぱっちんぱっちん！　あはははは♪」



「皆、なして雨の中はしゃいでんよ？」
　霧谷 朧は渡り廊下のあまりの混乱振りに、ぽかんと口を開けたが、輪ゴムを見るや否や、キラーンと長い前髪の奥の目を光らせた。
「なるほど。なら、ここはこいつの出番なんさね……。じゃーん！」
　朧が鞄から取り出したのは、自作の割り箸鉄砲。
　どうやら朧、元々、割り箸鉄砲を作るのを得意としているらしい。
　子供にも、慕われる性質の朧。
　今日も、放課後は近所の小学生達に、割り箸鉄砲を教える約束をしていたので、ちゃあんと材料を用意していたのだ。
　ディティールの凝った割り箸鉄砲に、輪ゴムを引っ掛けて。やはり一番目立つクマに、狙いを定めて発射！
　５連射を可能とするソレは、ひたすらにクマの腕を攻撃して、囚われの美女ふわりを解放した。
「ありがとなのですぅー、でもちょっとスリリングで楽しかったのですよぉー」
「そりゃあ、良かったんさね」
　ケタケタと陽気に笑いながら、クマを狙撃する朧は、あっという間に周囲の注目を浴びた。

「先輩のすごいに！　あ、うち七音 侑です。先輩、作り方教えてくださいに！
　あ、ひびきちゃん達も一緒に作ろうよー♪」
　キラキラと目を輝かせ、寄ってくる侑。
　声を掛けられた、かなえと ひびきも興味津々だ。
「割箸鉄砲？　カッコイイー！」
「うちらにも、教えて欲しいんよー」
　とてとてと、璃人もやって来た。
「りぃにも、教えてくださいー♪」
「ん？　これ気になるん？　ええよー、材料あるし。
　ホラ、割り箸折って、こうして何カ所か止めるだけで……ほら簡単さね」
　朧は喋りながら、手馴れた様子で、長さの違う割り箸を輪ゴムで止めて、あっという間に簡素な割り箸鉄砲を完成させる。
　輪ゴムの誘惑で、一刻も早くぱっちんぱっちんしたい少女達なので、朧に熱視線を送っていたが、同時に教えるというには、いささか作業が手早すぎる朧に、目をしばたかせた。
「うににっ……先輩、速いですにー！」
「今の、どうやったの？　あああ、早くもっかい見せてぇー！」
「もーいっかい！　もーいっかいなんよ！」
「はぁはぁ、早く早くぅ、ですに！」
「ほいほい」
　固唾を呑んで輪ゴムを見つめる少女達のボルテージが、どんどんおかしなことになっているが。
　飄々と、朧はリクエストに応じる。
「そら、出来上がり！」
「にょええええ……！　わっかんないよー」
「にゃは♪　うちは出来たにー、コツが分かれば、簡単に作れちゃったにー！
　ここに輪ゴムかけとけば、すぐに撃てるに。よーし、りぃちゃん反撃開始にー！」
「合点承知♪　突撃ー！」

　駆け出す侑と璃人を尻目に、必死に心を落ち着けながら。二人もようやく割り箸鉄砲を完成させる。
「むー、こうか！」
「よーし、完成。二丁拳銃！　いくよ、かなえちゃん。悪い奴等をやっつけるよ！」
「よっしゃー！　負けへんよー」
「よし出来たな。ちなみに俺のは5連射なんよ、でもって弾は左手に装備しとくんさ」
　ドヤ顔で語った朧だが、テンションマックスの二人は聞いていなかった。

　ぱっちん！　ぱっちん！！　ぱっちん！！！

「あ！　ひびきちゃん、雨で水着が透けてしもてるよー！！　男子にえっちぃ目で見られてまう！」
「え！？　ホントだ！　……って、かなえちゃんも、ばっちり透けてるよ？」
　濡れそぼった少女達は、この後温水プールに行く予定で、制服の下はスクール水着だったのだ。
　かなえなどは、最初に上着を脱いでしまっていたから、近頃、成長の兆しが見え始めた、身体のラインもあらわになってしまっている。
「むー、雨ですけすけの服にえっちい視線を送る男子は成敗っ！」
　ひびきも脱いだ上着を、放り投げる。
「じゃーん！　キュア☆ペガサス　レインモードに変身よ」
　２本のアホ毛が、ぴょこんと揺れた。
　かなえも、ひびきと背中合わせに二丁拳銃を構える。
「こうなったら……ぱっちーんで目潰しや！　えっちぃのはダメやでー！」

　ぱっちーん！

　逃げ惑う男子生徒に、容赦なく輪ゴム弾をお見舞いしながら、二人は屈託なく笑う。
　ひびきの『カモン・モンスタークッキー』は、どっきりスクール水着の濡れ透けで、逆に衆目を集めてしまって、結局発動はかなわなかったけれど。
「あははははー♪　楽しーなあ？」
「うん！」
「あー、でも泥だらけやなー……シャワー浴びてから、プール行こかー♪」
「そだね、面白いけどこのままじゃ風邪ひいちゃう。撤退しよっ」
　仲良し二人組が、来た時と同じように、むつまじく。
「あ、そうだ。水着買いに行こうよ、今度。スク水もいいけど、着替えの水着も欲しくなっちゃったんだもん」
「ええね、本格的に夏になる前に、行こー」
　指きりげんまんして、立ち去る後姿に、ぱっちんされ放題だった男子生徒のソウルの叫び。


　是非、ビキニでお願いしますっ！


「……あえ？　うちらも、いつの間にずぶ濡れに……にゃぴょっ！」
　侑もふと我に返って、くしゃみを一つ。
「ありゃ。このままじゃ風邪ひくんよ、着替えに帰らないと」
　童心に返って、遊びまわっていた朧の髪からも、幾筋もの水がしたたる。
「ジャージ持ってたかにー？」
「あ、そうだ！　着替え、アソコにならいっぱいあるのです！　皆さんにも、お貸ししますですよー！」
　コスプレ部の部員であり、『コスプレ魔王』の異名を持つ、璃人がぽんと手を打った。
「あ、りぃちゃん♪　そっか！　コスプレ部なら色々あるもんに、是非貸してくださいだに♪」
　どうぞどうぞと、手招きする璃人の背中にくっついて。
　侑と朧も、コスプレ部の部室へ。
「まぁ服が乾くまでだしいいかな、滅多に出来ないことだし面白そうさね」
　先導する璃人が、きしし☆笑いを浮かべている事に、朧は全く気づかなかった。