＜七福猫シリーズ＞弁天猫を探せ編｜リアクション

＜七福猫シリーズ＞弁天猫を探せ編

● 弁天DEATH！

　激しいドラムとギターのサウンド。髪振り乱すキーボード。怒髪天を突く、と言わんばかりに逆立てられた金髪と黒いアイシャドウのボーカルの、喉の奥から絞り出されるしゃがれたシャウト。彼らの恰好は胸元を大きく開けた黒と鋲からなるレザーの長衣。羽衣の代わりに髑髏を背負ったデスメタル弁天バンドが、神魂のせいで沸き起こりすぎるパッションに忠実に、中指をおったてながら「DEATH！」とか「HELL！」とか「KILL！」とか、その他、全年齢では書けないような言葉を連呼している。
　商店街の地図を手に、散歩も兼ねて弁天像を探し始めた新田亮は、捜索をはじめてものの数分で、そんな『地獄』な光景に行き当たった。
　街の人々は遠巻きにして耳を塞いでおり、あからさまに顔を顰めている。
「おいおいおい」
　亮は頭を抱える。
　個人的には、ロックやデスメタルは好きだ。
　が、真昼間に、公衆の面前で、しかも弁天の格好で、中指立てて「KILL！」はないだろうと思う。
「このままじゃ島民が弁天思い出す所か、トラウマ級の傷になるだろうが！」
　放置すると島民全員が祟られそうだと判断した亮は、おもむろに携帯を取り出し、ボタンを押した。
「１、１、……」
　最後の「０」を押そうとした瞬間、白い女子の手がそれを阻む。
「まあ待てって」
　にかっと笑みを浮かべた手の主は、クラスメイトの奈良橋博美であった。
　バンドメンバーとは対照的な、白を基調とした弁天衣装に身を包んでいて、いつになく可憐である。
　博美の手にはキウイがひとつ握られていた。先ほど八百屋で調達したものだ。
　そのキウイを、博美は「DEATH！」と叫ぶボーカルの口目掛けて投げた。
　紫色の口紅が塗られた口に、キウイはすぽっと入り込み、ボーカルは目を白黒させる。
　シャウトが止まり、演奏が止まる。
　博美はつかつかバンドに近寄り、茶目っ気たっぷりにウィンクする。
「ちょいとその口閉じててもらえるか。あと、俺にキーボードを貸してくれ」
　明治維新の志士が被った赤熊のごとき乱れ髪のキーボードの男が、困惑気味に脇に寄る。
　キーボードの前に立った博美は呼吸を整え、鍵盤に手を置いた。
　ひとつ吸う。
　指を走らせる。
　奏でるはピアノクラシックの名曲『乙女の祈り』。
　これまでの音楽が地獄の叫びだとすれば、博美のピアノは天上の妙なる調べ。
「おお……」
　亮は思わず息を呑んだ。
　クラスメイトが突然神々しく見えた。
　そして、衝撃を受けたのは、デスメタルバンドのメンバーも同じだった。
　演奏を終えた博美に駆け寄り、その両手を取って跪く。
「あんたこそ弁天DEATH！」
「は？」
「俺たちこれからはクラシックを取り入れる方向性でやっていくつもりDEATH！！」
　突然の宣言に、博美は「お、おう」としか言えない。
「が、頑張れよ」

　そのときである。
　まるで鈴を転がしたかのような声が脳裏に響いた。

　――わたしも――

　博美と亮は顔を見合わせる。
「今の、聞こえたか？」
「ああ。もしかして弁天猫の声……？」
　いったいどこから……と周囲を見渡すが、それらしきものは見当たらない。
　そのかわり、弁天の格好をした地元のおばちゃんたちがわあわあ言いながら寄って来た。
「あんたたちやるわね！」
「困ってることがあったら何でもいいなさい」
「そうそう、あたしたち協力するわよ！」
　願ってもない展開だ。
　おばちゃん達の噂ネットワークは侮れない。
「じゃあさ、さっそくなんだけど、普段見慣れない像に心当たりはないかな」
　博美は聞き込みを開始した。

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