＜七福猫シリーズ＞弁天猫を探せ編｜リアクション

＜七福猫シリーズ＞弁天猫を探せ編

● プロローグ

　風温む四月の午後。
　木造平屋で黒っぽい瓦屋根の寝子島駅の前は何故か、弁天コスプレをした人々で溢れていた。
　烏帽子をかぶった恵比寿猫の像の前では、やや現代風なミニスカートにアレンジされた弁天衣装に身を包んだローカルアイドル・末明せれねが春風のような歌声を紡いでいる。
　おもに島内で活動するアイドルグループ「CitrusCat's」のメンバーであるせれねは、活動期間に比例した拍手や歓声を貰っている。
　新聞部の腕章をつけた椿美咲紀は、その様子をぱしゃぱしゃ撮って、ふと呟く。
「むむ。私も何か軽く弁天サマを彷彿とさせる小物を身につけてくれば良かったかなー」
　ネコッターでイベントの気配を察知した美咲紀は、「寝子高新聞部として、この楽しそうな出来事を見逃すワケにはいかないのです！」と大急ぎで駆けつけたところであった。新聞部必携のデジカメとICレコーダーは忘れなかったが、普通の格好で来てしまったことをほんのり後悔する。
「ま、いいか」
　歌い終えたらせれねにインタビューを申し込んでみようか。
　そんな風に思っていると、弁天コスをした可愛らしいツインテールの女の子が目に留まった。
　桃色から薄紫へとグラデーションする平安風の着物に、羽衣めいた薄布を纏って、手には琵琶を抱えている。
「こんにちは。その姿、とても可愛いですね～。撮影させてくださいな」
　美咲紀が声を掛けると、少女――佐藤瀬莉は、戸惑った様子で視線を左右に彷徨わせた。
「写真はいいけど……どうしてあたしここにいるのー？」
　どうやら瀬莉は、星ヶ丘の自宅で趣味の懐中時計の分解をしていたはずだったのに、いつの間にか弁天の格好でここにいたらしい。
「ふむふむー？」
　首を傾げた美咲紀は、やはり弁天の格好をしたクラスメイトを見つけた。綾辻綾花である。
　赤地に金の刺繍が施された衣を纏い、琵琶を抱えた綾花は、ふだんより大人びた雰囲気に仕上がっていた。
「綾辻さん！　ビューティホーです！　寝子高新聞に写真使わせてもらっていいですか？」
　構いませんがと綾花は戸惑いがちに頷く。
　それから、ぽろんと琵琶を爪弾き、
「それよりも、いっしょに弁天様を探しませんか～？」
　と歌うように言って、はたと口元を抑えた。「なぜか歌いたくてたまらなくって……」
　瀬莉が、はーい、と手を挙げる。
「いっしょに探すー！　恵比寿様も弁天を探してって言ってたもん」
　すると美咲紀も。
「にゃんこ探しと聞いては黙ってはいられません。いい取材になりそうですしね！」

◇

　そのころ。
　商店街の中ほどに、弁天の格好をした美少年がふたり。
　片方は濃紅の長い髪をした華奢な少年で、唐時代の貴婦人のような茜色の着物を纏い、たった今天から下り立ったかのような馨しい色香を漂わせている。
　もう一方は青藍色の髪の涼し気な目をした少年で、肩から腕にかけて青い天衣（てんね）と呼ばれる薄布を纏い、胸や腕にたくさんの装飾をつけた、菩薩風の装いだ。
　獅子目悠月とオルカ・ヴィヴァルディ。音楽ユニットＲｅのふたりである。
　ふたりも気づいたら商店街にいたクチだった。
「何だこの格好は……」
　悠月は眉を顰める。オルカはそんな彼を見て相好を崩した。
「何だろう。オリエンタルな女神？　うん、でも――Stilosa!　悠月か～わい～」
　オルカはこんなとき躊躇わない。人目も気にせずハグしようとする。
　そんな相方を悠月は軽く押しやる。
「やめろかわいくないっ」
「似合う物には似合うって言わなきゃじゃん～」
「言うだけでいいだろ。ハグはいらん」
「ふふ～悠月ってば照れ屋さんだな～。で、どうする悠月」
「どうする、とは？」
「何かすっごく歌いたくてムラムラしない？」
　ああ……そういうことか、と悠月はオルカの意図を察する。
「俺も、まあ同じ気持ちだ。この格好になってからいつにもまして歌いたくて仕方がない」
　でしょ？　とオルカは唇を舐める。
「さっきの声も言ってたし即興でなんかやっちゃおうか～！」
　悠月は一拍考える。探す手伝いにもなるという言い訳もたつなら――。
「折角だ、やるか」

　そうと決まれば作戦会議だ。
　何時も歌ってるような曲だとこの格好とあわないように思う。
　寝子島神社まで歩き、鳥居の下でふたりは頭を寄せ合う。
　こういう曲があるぞ、と悠月はイヤホンの片方をオルカに渡す。ミュージックプレイヤーに入っている曲を片っぽずつ耳に当てて聴きながら、どんな演出にしようか語らえば、心はますますときめいてくる。
　そんなふたりのステージは後程のおたのしみ、である。

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