【赤の扉】対決、黒獅子ゴンザレス


　玉座の間は殺風景な灰色一色の空間だった。
　天井は高く、明り取りの四角い窓から一筋の光が広間中央に伸びている。
　光に照らされ牙を剥くのは、全身黒い毛で覆われており、漆黒のたてがみと、鋭い牙を持つ大獅子。
　星幽塔を混乱に陥れた張本人の四分の一であり、この戦いの敵の総大将、黒獅子ゴンザレスである。
「奪われたもの……いろいろ、返してもらいますよ。私のじゃないですけどね」
　夢鎧を身に纏った梢は、クレイモアソードをゴンザレスに向け、啖呵を切る。
「正義とか、どーでもよくて……気に食わないから、討つんです」
　相棒の言葉に庚も唇の端を吊り上げる。
「ハッ……いいね屋敷野、その考え。『気に食わないからブチのめす』。色々と理屈や恩讐はあるだろうが、結局行き着く先はそこなんだよ。つーわけだ……ゴンなんたら」
　ゆっくりと額の傷痕に指をやる。
「俺の相棒がお前の事を『気に食わない』と言っている。……だったらお前は俺の『敵』だ！！！！」
　一気に傷跡をなぞり、黒獅子に向かって駆ける！　拳に宿る青白い光は、『青にして蒼穹』。
　ろっこんとその手に宿った闘士の光の力を合わせ、超人的な勢いで真正面から黒獅子に突進する。
　黒獅子もまた、庚と梢に向かってまっすぐ体当たりを仕掛けてきた。梢は、『胡蝶の詩』で蝶に変身すると、ひらり躱したが、庚は黒獅子の鼻面目掛けて拳を叩きこむ。黒獅子は鼻筋でこれを受けた。一瞬、深く皺をよせる。が、次の瞬間には頭を大きく振って、庚を高く投げ飛ばす！
「後ろががら空きですよ！」
　梢は黒獅子の後方上空に回って変身を解き、黒獅子の背にクレイモアソードを叩きこもうとする。だが、黒獅子の尾がぐるんと鞭のように振われて、梢の身体は、蝿のように床にたたきつけられた。
　床に転がる庚と梢を引き裂こうと、黒獅子は容赦なく前足で床を蹴る。
　ふたつの無防備な体を裂きかけた鋭い爪はしかし、突如立ちはだかった白き影の二本の剣ではじき返された。
　白き影の名は、サキリ・デイジーカッター！

「やっと会えたね嬉しいよ、お前と戦いたかった」

　サキリは『斬空赤刃』で瞬間移動を繰り返しながら、赤光を帯びた二本の蛇腹剣を時に剣のように、ときに鞭のように振い、黒獅子をサーカスの調教師のように追い立てる。鞭のようにしなる蛇腹剣が、黒獅子の金色の左眼をえぐった。傷口からタールのようなどろりとした黒い血が流れる。
　片目を失った黒獅子は怒りに鬣を大きく逆立てサキリに牙を剥く。
「くっ」
　振るった蛇腹剣の片方が、がっちり黒獅子の牙で挟まれた。
　攻守は一瞬でひっくり返る。
　黒獅子は蛇腹剣を咥えたまま首を振って、蛇腹剣の先に繋がっているサキリを壁に打ち付けようとした。
　が、サキリは激突の瞬間に『斬空赤刃』を使って黒獅子の首筋に取りつく。
「これでもくらいなよ」
　サキリはスコルピウス山で採掘された蠍鉄鉱で作られた暗器・蠍毒匕首を抜いて、黒獅子の首に突き立てた！
「グルルルルッ！」
　赤みを帯びた刀身を鍔ぎりぎりまで深く押し込む。
　黒獅子は牙を剥いて激しく悶え、取りついていたサキリを振り落とした。
　蠍毒匕首は刺さったまま。かなりの痛みがあるらしく黒獅子は首を振って呻き続ける。
　一方、振り落とされたサキリは床を転がって衝撃を殺す。
　転がった先に、梢と庚がいた。
　サキリは立ち上がり、彼らを守るように二本の蛇腹剣を交差させて構える。
「大丈夫かい？」
「痛ぅ……。さすがに強い、ですねー」
「ああ、だが……こういうのは、嫌いじゃねえ」
　梢は庚と自分をエリクシルハーブで回復すると、立ち上がって互いに背中を預け合った。
「さて屋敷野よ……どう攻める？」
「残念ですが、私のトリッキーな動きと如月君の正攻法だけじゃあ倒しきれないかもしれませんね」
　梢は自分と庚を意味する指を二本立てる。
　聞いていたサキリは、黒獅子を見据えたままふたりに告げる。
「やつの首に刺した蠍毒匕首には、蠍鉄鉱特有の毒の効果がある。あの巨体にどれだけ効くかわからないけど、運が良ければ間も無く神経毒が回るはずだ」
　そのときがチャンスだ、とは言わずとも通じ合う。梢は立てた指を三に変える。
「ふたりで無理なら……三人、ですよね」
　と、そのとき、別の声が加わった。
「三人といわず……」
　チュキュンッ、と銃声がして黒獅子のたてがみが散る。
「みんなで倒せばいいだろっ！？」
　撃ったのは銃剣『大蛇』を構える新田 亮。
　その背後から空中を蹴って日本刀を振り上げるは、御剣 刀！
　ぺルラに回復はしてもらったものの、胸から腹にかけて巻いた包帯に血を滲ませた満身創痍の刀は、それでも黒獅子の脳天に一撃食らわせようと『加速』で空中高く駆け上ってゆく。
　黒獅子は刀を見上げる。呑みこんでやろうと口を開ける。
　だが、蠍毒匕首の毒が回り始めたのか、がくり、膝をついてしまう。
「私たちも行きましょう！」
　梢は蝶に変身し、サキリも『斬空赤刃』で黒獅子の頭上へ転移。
　庚と亮はまっすぐ黒獅子に突っ込む。

　刀は叫ぶ。
「ゴンザレス！　よくも俺の影を奪ったな！　面白い余興のお礼だ、喰らえ！」
　刀は日本刀を！
　サキリは赤く輝く蛇腹剣を！
　梢はクレイモアソードを！
　亮は大蛇を！
　庚は蒼く輝く自らの拳を！
　ゴンザレスの脳天目掛けて振り下ろす！！


「いまここで……貴方との縁を、叩き切ります！！」

　刀は日本刀が、サキリの蛇腹剣が、梢のクレイモアソードが、上空から黒獅子の頭蓋骨を叩ききり！
　亮は大蛇を、黒獅子の残った右眼に突きさし！
　庚の拳は、黒獅子の憎たらしい鼻面をしたたかに打ちのめして陥没させる！
「グウ、……グウォォォオオオオオオオ……！！！」
　黒獅子は一声高く吼え。
　鬣の先からざらざらと崩れ、黒い塵へと変わってゆく。