気づけば、白亜の広場は美しい星々の海に揺蕩っていた。
　白き扉を潜った者たちは、白き龍護る星の湖に潜ったら、きっとこんな光景だろうと息を呑む。
　あちらには蠍の心臓、赤いアンタレス。こちらには乙女座の穂先、白いスピカ――星に詳しい者であれば、上下左右三百六十度に広がる星空のなかに、十二の星座すべてが煌めくのを見つけることができたであろう。
　ステラは宙にぴょんっと浮くと、みんなに深々とお辞儀をした。


「みんなーっ！　塔のすべてのオーブに火が灯ったのーっ！　ありがとうなのーっ！！」

　人々は沸き立った。
　雪原の集落でも、湖畔の街でも、サジタリオ城下町でも、そしてもちろん、最終階層の広場でも。
「よかった。本当によかったよ」
　アリス・ミーティアはステラに抱き着いた。その瞳はうっすらと涙にぬれている。

　てっぺんのオーブが合わさるのを絶対この目で見る、と意気込んでいた曖浜 瑠樹は、そばにいたリア・トトの腕を取って跳ねた。
「わぁーうれしいよぉ。リアおじさんも、よかったね」
　リアは瑠樹の頭をくしゃくしゃに撫でて、ああ、と頷く。

　三毛猫のミーツェ・Ｍ・フェリスは、思わず赤き竜人シグマ・F・FGと抱き合う。
「ミーツェたちの完全成功ってことにゃ？」
「そうだろうがよっ！　俺たちはやったのよ！」

「やったー、おつかれさまでしたー……ZZZ」
　メイディ・パッセはその場にへたり込むや、そのまま熟睡し、誰がゆすっても起きなかった。

「盛大な宴を開くぞ！」
　十二支団団長ティクス・ソルが声高に宣言すれば、コル・ティグリス、スハイル・アルムーリフ、イダス・アグリオスはじめ団員たちは、「勝利の宴だ！」と雄叫びをあげた。

「平和くる　いいことだな　いいこと」
　サオラケンタウロス姿のシダ 美穂戸は、にこにこして、鞍上の鎌八 まもるを振り返る。
　まもるはシダの尻尾が楽し気に揺れるのを後ろ手に撫で、「そうだな」と頷いた。

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　正直に言えば、星幽塔は理想を絵にかいたような平和な世界になったわけではない。
　第一階層では、新たな不穏な動きもあるときく。
　第五階層の反法王派たちも、第六階層の過激派義勇軍たちも、いっとき制圧されただけである。
　第六階層復興委員会の仕事もまだ始まったばかりだ。
　各階層の原住モンスターは相変わらず洞窟や草原を森を闊歩している。
　隠されたダンジョン、隠された宝はいまだ無数に存在し、冒険者たちを魅了してやまない。
　ただ、悪魂石の欠片から生まれた悪意の塊――ゴンザレスの脅威に怯える日々は終わった。
　悪魂石の欠片を持っていたのはクローネであり、すなわち彼女が生みの親ということになるのだろう。しかし神魂や魂を食べられてしまう世界において、かの烏のらっかみは消滅を余儀なくされ、今となっては彼女がどんな思惑で悪魂石を使用したのか正確にはわからない。
　この一連の出来事が彼女の思惑通りだったのか、それとも彼女の手を離れた事件だったのかも、謎のままだ。
「結局ゴンザレスはー何が目的だったデスー？」
　トワ・E・ライトフェロゥの疑問に、ステラはこう答えたという。
「黒いヤツ、何をしようとしてるのか、今まではっきりわからなかった。すごくイヤな感じがしてただけだった。でも、ようやくわかったのっ。ゴンザレス、塔のてっぺんの最大の宝を――人々の『キボウ』を、壊そうとしてたっ。この塔から希望をぜーんぶ消そうとしてたのっ」
「If……ですケド。みんなが負けたらどうなってたんデショウ？」
「わからないの。とってもこわいことになってたと思う。ステラも消えていたかも……でもっ！」
　ステラはふわり浮いて、左右を見る。
　塔の精霊である彼女のまわりには、十二の星座の名を冠した、十二人のアステリズムが揃っていた。
「アステリズムのみんな、こんにちは。はじめまして。お久しぶりなの。ステラは塔の精霊だけど、ステラには何の力もない。ただ、辛いなーとか幸せだなーとか、塔の気持ちをみんなに伝えられるだけ。ほんとうに、塔を護ったのは――これからを作っていくのは、あなたたち。そして、塔に住むみんななのっ」
　宙に浮かんだステラは感極まって鼻を啜る。
　金の瞳から、ぽろり、ぽろり、と涙が零れる。
　涙は地面につくまえに、色とりどりの金平糖に変わる。
　パステルカラーの金平糖は、幸せの色をしている気がした。
「塔は、いろんな世界のいろんな人々の『希望』から生まれたの。守ってくれて、ありがとう」

　クローネが残した絶望の禍根は、ここで、こんなかたちで取り除かれた。
　火は灯されたのだ。塔に、人々の心に、未来への希望に、火が。
　各階層間の行き来はこれまで以上に盛んになり、商いなども行われるだろう。
　新たな素材や発見によって、文化が発展するかもしれない。

「光が強ければ影もまた濃くなる。平穏に慣れすぎてもいけないからな」
　八神 修はアステリズムたちに釘を刺し、対策や相談を促した。
　各階層の守護者たちは真摯にその言葉を受け取った。今後しばらくは、隠し工房クレイドルで、星幽塔の平穏を維持するためのアステリズム会議が頻繁に行われることになるだろう。

　それから、このことも書いておかなければならない。寝子島と星幽塔の関係についてである。

---

「星幽塔、まだ鈴島の上にあるんだな」
　真夜中。現実世界は寝子島の南端、エノコロ岬に、卯木 衛と壬生 由貴奈の姿があった。
「新聞とかは騒いでないから、相変わらず普通の人には見えないんだろうねぇ」
　彼らは待っていた。星幽塔からの客人がやってくるのを。
　エノコロ灯台の光がふたりの眼前を一巡りする。
　眩い光が通り過ぎると、岬の先端に大きな光の扉が現れ、ヴェルト・レトランジェとメーベル・コルテージュが立っていた。扉は一瞬で消え、主人たるヴェルトはあたりを見渡す。
「ふむ」
　それから星幽塔を振り返って頷く。
「行き来に不便なし。星幽塔と寝子島は、分かちがたい強い絆で結ばれているようだ。まるで僕と君のように」
　少年主人は、いたずらっぽく笑みを浮かべて青年執事たるメーベルを見上げる。
「は……」
　メーベルは恭しく一礼する。少し照れているのかもしれなかった。

　寝子島の民は変わらず星幽塔に冒険に出かけることだろうし、ほしびとは今後も人間のふりをして寝子島のフツウを味わいにやってくることだろう。不思議な異文化交流は今後も続くことになりそうだ。

「今夜はねぇ、花火が上がるんだって。なんのお祝いか知らないけど、こっちの花火もオツだよぉ」
　由貴奈は空を指さし、ほしびとたちに教える。
　四人はエノコロ岬の先で、空を見上げる。
　どおん、どおんと、赤や白や黄色の巨大な火花が夜空に上がる。

　その向こう、分厚い雲間からのぞく星幽塔は、黄金の光を放ち、煌いている。
　それはまるで、夜空に浮かぶもっともおおきな祝い花火のようだった。

　こうして、星幽塔をめぐるひとつなぎの物語は幕を閉じる。
　また会う日まで――希望の火よ、燃え盛れ！

＜星のサーカス団＞

　オープニング☆加持蜜子
　第一階層☆水月 鏡花
　第二階層☆ぱーすぺ
　第三階層☆阿瀬春
　第四階層☆菊華 伴
　第五階層☆墨谷幽
　第六階層☆風雅宿
　第七階層☆加持蜜子
　第八階層☆ＫＡＮ
　第九階層☆日下部あやめ
　第十階層☆天村花海
　第十一階層☆ＺＺＺＺ（ぱーすぺ）
　第十二階層☆笈地 行
　最終階層☆星のサーカス団（水月 鏡花／菊華 伴／阿瀬春／笈地 行）

　and planning member 焼きスルメ、ウケッキ
　and supported by らっかみ！運営部のみなさん


　そして。星幽塔を訪れたすべてのみなさま。



＜星のサーカス団 presents, 星幽塔階層攻略シリーズ「すべての希望に火を灯せ！」 ＥＮＤ＞